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2021.09.09 07:00  マネーポストWEB

緩和縮小でも株高に導く「パウエル・マジック」 株式市場に3つのシナリオ

量的緩和の縮小に言及したのに市場はショックを受けなかった(写真/ジェローム・パウエル議長、Getty Images)

 人は常に合理的な行動をとるとは限らず、時に説明のつかない行動に出るもの。そんな“ありのままの人間”が動かす経済や金融の実態を読み解くのが「行動経済学」だ。今起きている旬なニュースを切り取り、その背景や人々の心理を、行動経済学の第一人者である法政大学大学院教授・真壁昭夫氏が解説するシリーズ「行動経済学で読み解く金融市場の今」。第27回は、世界的な株高を支えてきた米FRB(米連邦準備制度理事会)の金融政策変更の影響について予測する。

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 8月27日、世界各国の中央銀行総裁などが集まり、今後の金融市場の方向性を決める経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」が開かれた。FRBのジェローム・パウエル議長の発言に世界中から注目が集まるなか、「量的緩和の縮小(テーパリング)を年内に開始することを検討」と表明する一方で、その先にある「利上げ」については具体的な言及を避けた。

 これまでFRBはコロナ対策として、ゼロ金利政策による「利下げ」と毎月1200億ドルもの国債や住宅ローン債券を買い入れる「量的緩和」を続けてきたが、後者について、年内に縮小する方針を打ち出したわけだ。米国経済は景気回復に伴うインフレが懸念されているが、パウエル議長は今回の講演でも「インフレは一時的なもの」と位置付け、まだ前者のゼロ金利政策を転換する「利上げ」は必要ないと示した格好である。

 その結果、「今回表明したテーパリングの開始と利上げは別物」と受け止められ、市場には安心感が広がった。今のところ、世界的な株高基調に変化は見られない。

 しかし、これこそが“パウエル・マジック”と言えるだろう。よくよく冷静に考えれば、パウエル議長は量的緩和を縮小して、これまで大量に供給してきた資金を市場から引き上げることを明言した。明らかな「金融政策の変更」である。本来であれば、もっと大きなショックを与えるはずだが、6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)でテーパリングを取り上げ、8月のジャクソンホール会議前にもFRB内でタカ派(テーパリングに積極的)とされるメンバーが早期テーパリングを呼びかけるなど、少しずつ“地ならし”をしてきた。そうした下地作りがショックを和らげる効果を生み出したに過ぎないのだ。

 日本株に目を転じても、9月3日の菅首相退任表明を受け、ポスト菅政権への期待感の高まりから、TOPIX(東証株価指数)はバブル後の最高値を更新、日経平均株価も一時3万円台を回復するなど息を吹き返している。

 では、日本株に大きな影響をもたらす肝心の「利上げ」の時期はいつ頃か。米国では、2022年11月に中間選挙を控えている。議席数が拮抗する民主党と共和党はともに、選挙を終えるまでは景気を冷やしたくないという政治的思惑もあって、利上げは少なくとも中間選挙の後になる公算が高い。それを見越した市場関係者の間では「テーパリングが開始されても、利上げは当分先」という見方が広まっている。多くを語らずとも市場心理を読み誘導する、これこそまさに“パウエル・マジック”が働いている証左と言えるのではないだろうか。

 心理学では「止まりの慣性」と言って、今までの思考を維持しようという心理的な力学が働く。「慣性の法則」とも言い、変化に対して無意識に心のブレーキをかけようとする。現在の金融市場に置き換えると、「低金利」「カネ余り」という“ぬるま湯”にずっと浸かっていたいと思わせるわけだ。今回のパウエル議長の発言は、そうした市場心理をよく読んだうえで発せられたのである。

米国株を中心に株高基調がメインシナリオだが…

 だとすれば、ここはムードに流されず、冷静になって今後を見据えておく必要があるだろう。この先、金融市場に流れ込んでいる大量の資金が吸い上げられる以上、考えられるシナリオは次の3つとなる。

【1】メインシナリオ

 新型コロナワクチンの接種率が上がり、デルタ株やラムダ株といった変異株の懸念は残るものの、世界的な感染拡大に歯止めがかかり、経済活動が徐々に正常化していく。テーパリングに伴って株価の上値は重くなるが、それでもまだ市場に流入していない待機資金もあるため、しばらくは大きな下落も考えられず、米国株を中心に緩やかな株高基調が続くことが予想される。このメインシナリオになる確率は40~50%といったところだろう。

【2】楽観シナリオ

 ワクチンの効果が思った以上に上がり、変異株を含めた感染拡大も収束に向かい、経済活動の正常化が想定以上に早まる。現時点では業績好調な企業と不振な企業の格差が広がる「K字回復」となっているが、正常化とともに「K字」の下向きの矢印も上向いて「C」の字のように全面的な回復も期待されるようになるだろう。景気の回復に伴って景気敏感株の多いNYダウは上昇する一方で、緩やかな金利上昇もあってグロース株の魅力が薄れ、グロース株の多いナスダックを中心にIT株は上がりにくくなるかもしれない。そうした楽観シナリオとなる確率は約20%と見ている。

【3】悲観シナリオ

 ワクチン接種が進んでも、デルタ株やラムダ株への効果は限定的で、コロナの感染拡大に歯止めがかからない可能性もある。そうなれば、経済の正常化は後ズレが必至、景気敏感株は総崩れとなり、特に「世界の景気敏感株」といわれる日本株は10~15%の調整も想定される。一方で、金利は上がらないためグロース株が買われやすくなり、ナスダックは上昇。NYダウが軟調となって、日本株はさらに弱くなることが見込まれる。そうなる確率も10~20%は考えられるのだ。

 そして、可能性は低いかもしれないが「超悲観シナリオ」も頭の片隅に置いておいた方が良いかもしれない。世界的な低金利ということは、裏を返せば、それだけ債券が買われている“債券バブル”と言え、これが弾ければ金利は急上昇。そこに株の急落が重なり、さらに中国が格差の解消に向けてアリババをはじめIT企業への締め付けを強めた結果、中国経済が低迷するようなことになれば、新たな“チャイナ・ショック”の可能性も出てくる。そうなれば、世界的な金利上昇で「世界同時株安」となることも免れないだろう。

 世界中の投資家が、これまで株高に安住していることに心地良さを感じてきたが、その前提となる金融政策は変更された。“ぬるま湯”に浸かったままではなく、3つのシナリオを念頭に置いて、来るべき変化に備えておきたい。

【プロフィール】
真壁昭夫(まかべ・あきお)/1953年神奈川県生まれ。法政大学大学院教授。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリルリンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。「行動経済学会」創設メンバー。脳科学者・中野信子氏との共著『脳のアクセルとブレーキの取扱説明書 脳科学と行動経済学が導く「上品」な成功戦略』など著書多数。

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