「せりふは音色だと気づいたんです。言葉は音楽で、だからこそ聴く側の感情も動いていくんだと教わりました。
でも、映画は言葉の音色を作り過ぎちゃうと、今度はかえって嘘っぽくなるんですよね。そのさじ加減が難しくなりました。
それから、自分の声に酔っちゃうことも出てくるんです。それまでは自分の声に酔うことはありませんでしたが、『こんな声も出るんだ』と思ったら酔っちゃうことがあるんです。そこは落とし穴でしたね。
それまでは、芝居ができなかったからこそのリアルだったのかもしれません。できるようになってくると、かえってフィクションになってしまう。このさじ加減が本当に難しい。経験を積んで、分かったようにやっちゃうと、観る側は見抜くんです。
ですから、芝居の上手い下手ってないなと思うようになりました。お客はエネルギーを観に来ていると思うんです。エネルギーを出すことで、初めて観る側に訴えかけられるのかなと。
自分が観る側になっても、下手な芝居の方が決まりきった芝居よりもその人の持っているエネルギーを訴えかけられる。
それは映画も同じです。やっぱりその現場のエネルギーが映る。ですからスタッフのエネルギーに負けないものを俳優は出していかないといけません」
【プロフィール】
春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2021年9月17・24日号