「美代ちゃんはここにいて」
2001年に最愛の母を亡くし、一時期、心が抜け殻になるほど何も手につかなかった浅田に助言を送ったのも樹木さんだった。
《「今はいいかもしれないけど、60歳過ぎてからは、容易に家も借りられないよ」》
結婚も離婚も、人生の選択に水を差すことなく、応援し続けてくれた樹木さんが、唯一、“そうすべきだ”と家を買うことに強い意思を示した。
それはアドバイスにとどまらなかった。不動産に詳しいという樹木さんが「ここはすごくいいの」と、高く評価し、すすめた物件が、いまの浅田の自宅だ。
購入までは踏み切れずにいた浅田に樹木さんはぴしゃりと一言告げる。
《「お母さんの思い出にいつまでも引きずられていないで、住処を決めて引っ越しなさい」》
引っ越してからも、浅田が新しくCMに出演しているのを見れば「あのCMのギャラはいつ入るの? そのお金は繰上げ返済に回しなさいよ」とアドバイスを忘れなかった。
熱心な後押しがあって、浅田は10年もしないうちに住宅ローンを完済。返済の最終日、樹木さんは銀行にまでついてきた。浅田がカウンターで残金を払い終えると、笑いながらカメラのシャッターを押す。浅田が半生を振り返るとき、必ず節目には樹木さんの姿があった。
2018年の春から樹木さんの体調は一気に崩れていった。長年一緒にいたからこそ、彼女の異変を感じ取った浅田は、樹木さんの入院生活が始まると、極力一緒にいられるように病室に日参した。
もう言葉も発することが難しくなっていたある日、いまでも鮮明に思い出す“最後の言葉”を告げられた。
病室を訪れていた浅田に、医師が部屋から出るように告げた。必要な処置を施すためだが、樹木さんは、筆談で引き留めた。
《「美代ちゃんはここにいて」》
そしてこう書き示した。
《「この子も役者のはしくれだから、全部、見せるの」》
浅田はその思いを受け止めた。
《正直なところ、それまで私は希林さんの痛々しい姿や辛さを見るのは嫌だと思っていた。けれど、希林さんは身を以て、体が朽ちていく様子を、“死というもの”へ向かうまでの道のりを私に教えてくれようとしていた》