• TOP
  • コラム
  • 楽天・三木谷氏 宇宙から電波を降らし日本を覆う「スペースモバイル」計画

コラム

2021.09.14 07:00  マネーポストWEB

楽天・三木谷氏 宇宙から電波を降らし日本を覆う「スペースモバイル」計画

楽天モバイルは過去前例のない「スペースモバイル」計画で勝負に出る(時事通信フォト)

【最後の海賊・連載第5回前編】今年3月、楽天グループが中国の巨大IT企業「テンセント」の子会社から出資を受けたことで、「日米両政府が監視する」などと報じられる騒ぎとなったが、三木谷浩史氏は「新規事業のための純粋な投資」という姿勢を貫いた。週刊ポスト短期集中連載「最後の海賊」、ジャーナリスト・大西康之氏がレポートする。(文中敬称略)

【表】1995年興銀退社後に起業、1997年楽天市場の開設…、三木谷浩史氏のこれまでの歩み

 * * *
 2018年の年末、東京・二子玉川にある楽天グループ本社4階の大会議室は600人の社員で溢れ返っていた。

 楽天が創業時から、毎週、火曜日の朝8時に開いている「朝会」では、会場一杯にパイプ椅子をずらりと並べて1000人が座る。机を入れて作業をするとなると、せいぜい600人で満杯だ。コロナ前だから許された過密状態である。

 彼らはEC(電子商取引)サイトの楽天市場、楽天トラベル、楽天カードなど、総員1万人を超える楽天グループの各事業部からかき集められた精鋭たちだ。しかし集められた新部署での仕事は携帯電話のアンテナを建てることであり、それに関しては全員がズブの素人である。

 それでも士気は高い。大会議室には毎朝、楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史が顔を出し、進捗状況を確認するとともに、いち早くアンテナを建てることが楽天グループにとってどれほど大切であり、日本の通信産業、ひいては情報産業全般にとってどれほど大きな意味を持つ仕事であるかを熱弁したからである。この部隊を立ち上げる時、三木谷はグループの事業部に対して、こう言った。

「仕事のできるやつから順に送ってこい」

 楽天クラスの大企業が新しい事業を始める時、まずは既存の事業部から人材を募る。しかし現場を預かる管理職は、持ち場の戦力を落としたくない。勢い「下から順番」に人材を供出する。そんなことは百も承知。だから三木谷は「エースを出せ」と厳命した。そして自らもそれを実行した。

「三木谷の懐刀」と言われていた楽天市場のエース、矢澤俊介を楽天モバイルに送り込んだのだ。

 矢澤は2005年、英会話スクールのNOVAから楽天に転職した。物腰は柔らかだが、狙った客は必ず落とす。「営業の矢澤」の異名が楽天社内で知れ渡るのに、さして時間はかからなかった。2012年、三木谷はそんな矢澤を執行役員 楽天市場事業営業統括に抜擢する。入社7年目、34歳の執行役員の誕生は世間を驚かせた。

 楽天の祖業であり稼ぎ頭でもある楽天市場事業は三木谷の金城湯池である。だが今や楽天グループはECに加えカード、証券からトラベル、サッカー、野球まで70に及ぶ事業を抱えるネット・コングロマリットだ。多忙を極める三木谷の手足となり、最重要事業を切り盛りしてきたのが矢澤である。

 はじめの数ヶ月は兼任だった矢澤をモバイル専任にする時、三木谷はその真意を短い言葉で矢澤に伝えている。

「ここが勝負どころだからな」

 エースを楽天市場から引き離してモバイル事業に送り込んだのだから、これ以上の本気はない。

「このアンテナ、もう少し小さくならないか。そうすればもっとパパッと取り付けられるだろ」

 三木谷は矢澤を連れてアンテナ建設の現場を訪れると、設置工事に手間取る作業員を見て作り直しを指示した。一事が万事。三木谷の経営は自分の手足を動かす「ハンズ・オン」が原則である。

 楽天は2005年、博多駅前に本社を置く創業42年の老舗信販会社、国内信販(現楽天カード)を買収して信販事業に進出した。設立7年目のベンチャーである楽天に買収されるくらいだから、国内信販の経営内容はガタガタだ。

「こんなもの、すぐに撤去しろ!」

 買収が決まって初めて国内信販の本社を訪れた三木谷は激怒した。赤いフカフカの絨毯を敷き詰めた役員フロアは、どこの大銀行の頭取室かと思うような豪華な内装だった。三木谷はお公家様のような古手の役員を一掃し、若手を中心に立て直しに入る。

 2003年にオリックス・クレジットから引き抜いた穂坂雅之とともに毎週のように博多に入り、残った社員と話し合いながら立て直しの道を探った。行き帰りの飛行機の中で資料と睨めっこし、少しも休もうとしない三木谷を見て穂坂は感心した。

「大したバイタリティだ」

 買収から16年経ち、楽天カードは2021年6月に発行枚数2300万枚を誇る日本一のカードになった。

 三木谷の経営は泥臭い。奇策を弄するのではなく、一つずつ問題点を洗い出し着実に解決していく。「夏まで」としていた人口カバー率96%の目標は、世界的な半導体不足の影響で「年内」にずれた。一つ解決すればまた一つ課題が発生する。それでも三木谷は嬉々としてやっている節がある。ある日、筆者とのインタビューの途中で三木谷はこう言った。

「這いつくばって進むのはウチの得意技。こういうのが楽しいんだよなあ」

 鬼軍曹の三木谷が率いる楽天モバイルは、匍匐前進でひたひたとNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3メガに迫っている。だが危機感は薄い。ある3メガの幹部はこんな言葉を漏らしている。

「96%と言ってもね、そこからが大変なんだよ。残り4%のために我々はどれだけの時間と金を使ってきたことか」

 人口が密集した都市部はアンテナ1本で何百、何千の利用者をカバーできるが、過疎地や離島では利用者がまばらになる。普通のやり方では、残り4%の引き上げに、それまでの3倍のコストと時間がかかる。地道な地上戦を繰り広げてきた楽天は、ここで空中戦に打って出る。「スペースモバイル」計画だ。

 米国の新興衛星通信事業者AST&サイエンスとの協業で、高度約730㎞の低軌道に人工衛星を打ち上げ、通常のスマートフォンで直接通信できるようにする。衛星電話は昔からあったが、高価な専用基地局と端末が必要だ。人工衛星と普通の携帯電話で直接通信できるサービスは過去に例がない。

 ASTの創業者、アベル・アベランはベネズエラで生まれ同国のシモン・ボリバル大学を卒業したあと、米国に渡って人工衛星ビジネスの世界に入った。大手衛星通信会社を渡り歩いたあと、AST&サイエンスを設立する。

 アベランが挑戦するまで低軌道とはいえ730km離れた衛星がスマホの微弱な電波をキャッチするのは「不可能だ」と考えられてきた。イーロン・マスクが率いる米SpaceX(スペースX)の巨大通信衛星網「スターリンク」や、ソフトバンクが提携する英ワンウェブなどは、衛星通信専用の周波数帯と専用端末を使う。しかし、これではコストが高くつく。

 アベランは全長24mもの巨大なアンテナを宇宙に浮かべることで、地上にある携帯電話の微弱な電波を拾うことを思いついた。

 このとてつもないベネズエラ人(現在、国籍はアメリカ)と三木谷はすぐに意気投合し、楽天は2020年、ASTに出資した。

「宇宙って言うと大袈裟に聞こえるけど、電波にとって700kmなんて目と鼻の先。宇宙から電波を降らせば、遮る建物はないからね」

 このプロジェクトが成功すれば日本列島をすっぽり覆う面積カバー率100%のネットワークが完成する。楽天とASTは年末にも日本での実証実験を予定している。地上にアンテナを張り巡らし、宇宙に衛星を上げるにはとにかく金がかかる。3月12日、楽天は「第三者割当増資で2423億円を調達する」と発表した。

 これが思わぬ波紋を呼ぶ。出資者の中に中国ITのジャイアント、テンセント・グループの子会社が入っていたものだから「経済安全保障」を唱える人々が「中国に情報が漏れる」と騒ぎ始めたのだ。

 テンセントの楽天への出資比率は3.65%。この程度の出資比率で経営に介入できるようなら、世界中の企業がアクティビスト(物言う株主)の言いなりだし、あらゆる企業が簡単に中国に支配されてしまうだろう。「テンセントが楽天の顧客情報を盗む」と騒ぐのは、ビジネスの現場を知らなすぎる論調だ。テンセントの目的は楽天の株価が上がったところで売り抜けて利益を出すことだろう。つまり単なる「投資」である。

 テンセント以外の出資者は日本郵政と小売の世界最大手ウォルマート。出資が決まった時、三木谷は「日米中の巨大企業が楽天の将来性を買って投資してくれた」と誇らしげに語っている。

「日米両政府が楽天・テンセントの動向を共同監視する」という報道が出た時には、三木谷はキョトンとしていた。実際には監視と言っても楽天が定期的に政府にレポートを出す程度なので、ビジネスに影響はなさそうだ。

 何か新しいことをするたびに世間に叩かれ、泥にまみれて匍匐前進しながら、衛星を見上げる。そんなヒリつく日々を三木谷は「楽しい」と言う。その生き様は起業家そのものである。

 孫正義にも、かつてそんな日々があった。

(第5回後編に続く)

【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て16年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。

※週刊ポスト2021年9月17・24日号

関連記事

トピックス