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2021.11.21 18:53  BOOK STAND

【今週はこれを読め! ミステリー編】システムの欺瞞を暴き立てる『アポカリプス・ベイビー』

『アポカリプス・ベイビー』ヴィルジニー デパント,齋藤 可津子 早川書房

「それに、あんた三十五過ぎたでしょ。ヘテロの場合、それ賞味期限だよ」「レズビアンはもちろん、もっとマシなわけ?」「他のことと同様にね。そもそも年取ったビアンは輝いてるよ。肌は艶々で若々しく、腐った人生に痛めつけられていない。わたしらにとって三十五なんて始まりですらなく、序章のようなもの。最高潮は五十代になるころだ」

 以上は、ヴィルジニー・デパント『アポカリプス・ベイビー』(早川書房)で私がいちばん好きな会話である。二〇一〇年に本国では刊行され、権威ある文学賞であるルノードー賞を獲得、あのゴンクール賞の最終候補にも残った。
 調査員としては凡庸なルーシーは、そんな自分に嫌気がさしつつもずるずると同じ仕事を続けている。ある日、尾行対象だった十五歳の少女、ヴァランティーヌを見失ってしまい、彼女の祖母から見つけ出すように厳命される。自身の能力に限界を感じ、ルーシーは伝手を辿ってフリーランスの腕利き、ハイエナに連絡を取る。成功報酬の五千ユーロを全額手渡すことを条件として引き受けさせたはいいものの、彼女はルーシーの手には余る荒馬だった。反抗的な態度をとった若者をいきなりぶん殴り、ナマ言うんならひじまで手を突っ込んでやろうか、と脅す相棒をどう御すればいいのか。どこに突っ込むかは各自想像だ。
 フランス作家ヴィルジニー・デパントが一九九三年に上梓した『バカなヤツらは皆殺し』(原書房)は、『テルマ&ルイーズ』のミソジニスト皆殺し版とでもいうべき内容であった。ワインやコニャックじゃなくて、ウイスキーをラッパ飲みする主人公たちの姿に、それまでにあまり見えてこなかった現代フランス風俗を見たような思いがしたものだ。作者自身が監督した映画化作品は、ヘテロ男性シネシネ度が上がっていて、さらに痛快であった。デパントは公開時に来日し、恵比寿ピンクでのトークイベントが実現している。
 設定だけ見れば『アポカリプス・ベイビー』はハイエナ&ルーシーの凸凹コンビが活躍する私立探偵小説に見える。最初は生き方から何から違う二人が次第に分かり合うことになる相棒ものだったりして。しかし『バカなヤツらは皆殺し』を読んでいるファンは、デパントがそんなおとなしいタマではないことは百も承知なのである。デパントが関心を持つものはシステムであり、それを破壊する暴力だ。疎外されている者の存在を隠蔽することで社会は体制を維持しようとする。その事実を暴き立てるのがデパントの仕事だ。システムに乗っかった連中と、そいつらになぶられているやつら。一切忖度することなく両者の姿を描こうとするので、デパントの筆致はしばしば露悪的に見える。乗っかっている側からすれば、唾棄すべき対象と映るはずだ。誰がつばを吐くか見ておきな、とデパントなら言うかもしれない。
 ヴァランティーヌという失踪者を探す話なので、一応私立探偵小説の常道には乗っているのだが、定型のプロットにデパントは従おうとしない。だいたい、ヴァランティーヌの臭跡はあっさりと見つかるのである。なのに物語終盤まで彼女が出てこないのは、私立探偵がいかに苦労して依頼を達成するか、という過程を描くことに作者が頓着していないからだ。それよりも重視するのは、ヴァランティーヌを巡る人間たちがどんな連中だったかということだ。ルーシーと他の人間の視点が交互に置かれた構成になっていて、さまざまな階層の人間が登場する。一口で言えば俗物図鑑なのだが、中でも興味を引かれるのは、ヴァランティーヌの母親であるヴァネッサの章だ。娘を産んだ後で夫を捨てて離婚し、男たちを踏み台にして今は成功者といえる立場なのだが、彼女がスペインのバルセロナを訪れて生まれて初めて「人種差別ができる幸せを味わ」い、「ここと違って教育レベルが高く、恵まれた場所で生まれた幸せ、他人を憐れむ喜び」に浸ると書かれるあたりから味わい深い。ヘテロのルーシーとレズビアンのハイエナが、それぞれの価値観からヴァネッサを評する言葉に現れる温度差が本書の読みどころだろう。
 挿話として最も魅力的なのはハイエナが自らの学生時代を回顧する章だ。この章のアンドリュー・ヴァクス的展開にはわくわくさせられるが、作者は深追いしない。ハイエナは英雄的活躍をするためではなくて、胡散臭いものを察知するための感覚器として登場しているからだ。後半に登場する偽善者の正体を彼女が始めから見抜く理由も明らかにはされない。鼻が腐敗臭を嗅ぎつけるのは当たり前のことだ、と言わんばかりの書きぶりである。
 俗物たちに囲まれて十五年を生きてきたヴァランティーヌが、最後にどのような選択をするか、という点に物語の興味は行き着く。生きづらさをどうしても解消できなかった人が自分に忠実であろうとしてある決断をする。そうした心性のありようを描いたということが、本作がフランスで二十万部突破というベストセラーになった理由の一つであるだろう。読み終えた後に、ああ、二〇一〇年の小説だったのか、とあなたはきっと言うと思う。
 ここにあるのは、共感を拒むシングルセルの孤独、そして怒りだ。
(杉江松恋)

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