コラム

刑務所に入りたいから殺人を犯す――。「新幹線無差別殺傷事件」の取材から浮き彫りになる、犯人の動機や思考

『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』インベ カヲリ★ KADOKAWA

 近年、たびたび起きている列車内での凶行。京王線で起きた刺傷事件が記憶に新しいですが、この事件を見て2018年6月9日に起きた「新幹線無差別殺傷事件」を思い出した方もいたのではないでしょうか。これは、走行中の東海道新幹線の車内で男女3人が襲われ、2名が重軽傷、男性1名が死亡した事件です。

 現行犯逮捕されたのは、当時22歳だった小島一朗。公判中も挑発的な言動を繰り返し、一審で無期懲役となった際に法廷で万歳三唱をしたという報道は、世間に動揺を与えました。しかし小島に罪の意識がないからではなく、ひとえに「心証を悪くして無期懲役の判決が欲しい」との気持ちからの行動だったのです。彼が望むのは有期刑でも死刑でもなく無期懲役。小島は「一生刑務所で暮らしたい」という一心で、無差別殺傷を起こしたというのです。

 常人にはまったく理解しがたい思考ですが、「無差別殺人犯も、語る言葉を持っているのではないか」との思いから小島に接触を試みたのが、『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』の著者で、写真家&ノンフィクションライターのインベ カヲリ★さんです。

「私が被写体の女性たちから話を聞くのと同じように、無差別殺傷犯である小島の言葉が聞いてみたいと思った。否定的なことを述べず、ひたすら話を聞いていった先に何が見えてくるのか。ただただ聞き役に徹すると、人殺しは何を語りだすのか」(本書より)

 本書はインベさんが拘置所にいる小島に約3年にわたる取材をおこない、その根底にある動機、思考を浮き彫りにしたルポタージュです。

 1995年、愛知県岡崎市で生まれた小島は、子どもに無関心な父親、ホームレス支援のボランティアで忙しく働く母親のもと、家庭に居場所がないまま、発達障害を抱えて育ちます。子どものころから刑務所に入るのが夢だったという小島は、中学2年生のときに両親に向かって包丁と金づちを投げつけて警察沙汰を起こします。これは「ごはんが食べられなかったから国に食わせてもらおうと思った」のが動機で、少年院に入りたいからやったのだといいます。小島にとって、基本的人権が守られ、最低限の生活が約束される場所は家庭ではなく刑務所だったのです。

 かくして「一生刑務所で暮らしたい」という信念のもとに犯行を行い、希望通り無期懲役となった小島。刑務所に入ったあとも、めちゃくちゃに暴れたり過激なハンガーストライキを行ったりしているといいます。インベさんによるとこれは「(法律によって)自分の命が守られるかを確認しようとしている。自分の命を危険に晒しても、死なせない配慮が取られるかを確認しようとしている。確認行為を通して『理想の家庭』を手に入れようとしている」とのこと。自分はこの世に必要な人間なのか、生きていてもいい存在なのか、「彼にとって、それを確認できる場所は、刑務所のシステム以外になかったのである」とインベさんは分析します。

 動機や背景を知ってもなお、小島の言い分はとうてい納得できるものではないでしょう。それでも、「裁判ではなんら真相を解明できなかった以上、なぜこのような事件が起きたのかを明らかにする必要はあったと思う」「個人を掘り下げることは、社会を見ることに繋がると思っている」とインベさんは本書を執筆した必要性について述べています。

 「理解不能な人間が起こした異常な犯罪だ」と切り捨てることは簡単です。犯人の動機や行いは容易に共感できるものでもありません。しかし、世の中から無差別殺傷事件がなくならない以上、犯人の心理を解き明かしたルポには価値があり、私たちがそれを読んで考える意義もあるのではないでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]

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