15年間の現役生活で通算83勝を記録した。「僕は尻すぼみの野球人生ですから」と自嘲気味に笑うが、ヤクルト、日本ハム、巨人、DeNAと4球団で過ごしたキャリアは濃厚だ。トレード、FA移籍、FA移籍の人的補償、戦力外通告……すべて味わった。巨人、DeNAで裏方として打撃投手、球団広報も経験した。
「ヤクルトからトレードを通告された時が一番ショックでした。今は理解できますけど、当時は30歳で今後のキャリアを考えた時、ヤクルトでずっとやりたいと思っていたし。通告された時はサイパンで自主トレ中でした。なかなか気持ちの整理がつかず、普段は飲まないお酒を飲んでしまいましたね(笑)
日本ハムからFA宣言した時はその前に戦力外通告を受けていて、『戦力外よりFAのほうが給料も下がらない』と球団フロントに伝えられていたために宣言したのが真相です。『北海道が嫌だったんだ』『やっぱり東京が好きなんですね』って言われたけどそうじゃない。北海道は好きだったし、日本ハムファンも温かかったので誤解されたのは辛かったな……。
ただ、プロで15年間できたのは4球団を渡り歩いたからとも言えるかなと。巨人での2年目は1軍で1試合しか投げていないし、あのまま3年目もいても厳しかったかもしれない。そのタイミング(巨人で2年目を終えた時)にFAの人的補償でDeNAに移籍して3年間プレーできた。僕は直球が速くないし、凄い変化球を持っているわけではない。プロ野球で10年できればいいなと思っていたので、15年間できたのは環境や監督、コーチ、チームメートに恵まれた野球人生だと思います」
ブルズでは初めて指導者という立場で、選手たちに接している。
「教えるのは本当に難しい。そもそも僕の感覚が正しいのかもわからないし、伝える時に葛藤を覚えることもある。でも、上手くなりたいなかで選手たちは悩んでいる。責任は重大です。小谷正勝さん(現DeNAコーチングアドバイザー)みたいにその選手の特徴を伸ばす言葉を掛けられる名指導者を本当に尊敬します。僕は当然まだまだ未熟ですが、小谷さんや色々なコーチから学んだ経験を生かしたいですね」
ただ、吸収力があるのでちょっとアドバイスするだけで、劇的に変わる可能性がある。そこはやりがいを感じますね。ブルズの選手達とはまだ3か月ぐらいの付き合いですけど、『僕がNPBに行かせるんだ』という気持ちで指導している。まだブルズからNPBに入った選手がいないので、もし叶ったら……あの巨人戦以来泣いちゃうかもしれませんね」
そういたずらっぽく笑ったが、熱意はひしひしと伝わってくる。4月2日から関西独立リーグが開幕した。06BULLS、堺シュライクス、兵庫ブレイバーズ、和歌山ファイティングバーズのリーグ戦で1チーム48試合を戦い、覇権を争う。藤井の新たな挑戦は始まったばかりだ。【文中一部敬称略。後編につづく】
◆取材・文/平尾類(フリーライター)