年金制度改正で「繰り下げ」の上限年齢が引き上げられ、「繰り上げ」時の減額率が縮小された(イラスト/大窪史乃)
6月15日、今年度最初の公的年金の支給日を迎える。だが、多くの人はこの日初めて、4月よりも受給額が減っていることに気づくだろう。
【図解】繰り上げ・繰り下げれでどれだけ変わる? 年金受給額の増減率をシミュレーション
年金は2か月分がまとめて振り込まれるため、前回の支給日である4月15日に受け取った分は、2月分と3月分。つまり、4月に受け取ったのが、昨年度の最後の年金だったのだ。
「年金博士」として知られる、ブレイン社会保険労務士法人の北村庄吾さんが解説する。
「公的年金の受給額は現在2年連続で下がっており、今年度の公的年金の受給額は、前年度から0.4%引き下げられています。現役世代の賃金が下がったため、マイナス改定となりました。この先もマクロ経済スライドで調整されていくため、受給額は目減りし続けるとみるのが妥当でしょう」
コロナ禍にウクライナ問題と世界的に不透明な状況が続く中、近い将来に給与が増える見通しが立つとは到底思えない。
しかし今年4月以降は、将来のお金に直結する年金の制度改正が目白押し。しっかり把握しておけば、この先受け取る年金を守れるどころか、増やすことも不可能ではない。
夫婦ふたりで月々最大40万円以上に
まず注目したいのが、年金の受給開始時期を遅らせる「繰り下げ」の上限年齢の引き上げだ。これまでは、受給開始を遅らせられるのは70才までだったが、この4月に75才まで遅らせることができるようになった。
年金の受給開始年齢は、原則65才。66才から1か月単位で遅らせることができ、遅く受け取るほど、年金額が増える仕組みになっている。
具体的には、1か月遅らせるごとに0.7%増額される。これまでは繰り下げの上限が70才だったため、受給額は最大42%まで増やすことができた。
それが4月からは75才まで繰り下げられるようになったので、受給額を最大84%まで増やせるようになったのだ。
「夫婦ふたり暮らしで、夫の賞与を含む平均標準報酬が月43.9万円の世帯をモデルとすると、40年間保険料を納めていれば、満額の基礎年金(月々13万円弱)に厚生年金もプラスされると想定した場合、夫婦の年金額は月々40万5000円ほどに増える計算です」(北村さん・以下同)
一方、受給開始時期を早める「繰り上げ」は、1か月早めるごとに0.5%、受給額が減らされる仕組みだった。だが、これも4月から、減額率が0.4%に縮小された。
例えば、受給を5年早めて60才から受給開始にすると、これまでなら30%減額だったところ、24%減で済むことになっている。
ただし、今年4月2日以降に60才を迎える人のみが対象で、それ以前の人は繰り上げによる減額率の縮小は適用されないので、ぬか喜びはしないように。
働いている人ならさらに年金が増える
受給を75才まで遅らせることができるようになったのは、それまで元気に働ける高齢者が増えてきているということ。事実、働く高齢者がより年金を受け取りやすくなるよう、次々と制度が変更されている。
働きながら受け取る「在職老齢年金」は、これまで60~64才までは、仕事で得る収入と年金収入の合計が月々28万円を超えると、年金が減らされる仕組みになっていた。
ところが、4月からこの上限が月々47万円までに引き上げられた。そして「在職定時改定」により、65才以上でも、働いて厚生年金の保険料を納めていれば、その分がすぐに受給額に反映されるようになった。
「4月からは、65才以上の人が厚生年金の被保険者として働いている場合、その年の8月までの納付実績に応じて、10月に年金額が改定されるようになりました。例えば、年収240万円の人の場合は、受給額が年間約1万3000円ずつ上がっていくことになります」
これまでのように、受給額が減るのを恐れて仕事量をセーブしたり、汗水たらして働いたがために、年金が減らされるようなことはほとんどなくなる。
さらに10月からは「厚生年金の適用拡大」が行われる。これまでは、厚生年金に加入できるのは「従業員数501人以上の事業所」といった条件があった。それが今年10月に「101人以上」になり、2024年10月からは「51人以上」と、段階的に基準が下がっていく。
「週20時間以上、2か月以上働き、月給8万8000円以上」という条件を満たせば、パートやアルバイトなどの非正規雇用でも加入できる。
「遅らせるほどお得」とは言い切れない
自分の力でしっかり稼ぎながら、うまく繰り下げれば年金も多く受け取れる。ならば、公的年金はできるだけ遅らせて、受給額を最大の184%まで増やした方がお得だと感じるかもしれない。
だが、仮に上限ギリギリの75才まで働くことができたとしても、増えた年金をそこから何年、受け取り続けることができるだろうか。
アラフィフ女性専門ファイナンシャルプランナーの深川恵理子さんは「寿命は誰にもわからないもの。75才まで繰り下げても、万が一、76才で亡くなったら、元も子もありません」と指摘する。
2020年の厚労省の簡易生命表によれば、現在、日本人の平均寿命は、女性が87.74才、男性が81.64才。年々延びてはいるが、これはあくまで平均の話だ。寿命は一人ひとり違うし、重要なのは“お金の寿命”を人生の寿命よりも長くすること。
「年金額が増えると、税金(所得税・住民税)と社会保険料(国民健康保険料・介護保険料)も増えるため、手取り額は思ったほどは増えません。一度繰り下げの手続きをすませると、取り消しや修正はできず、決まった増額率での年金を受け取り続けることになる。
特に女性は、2人に1人は90才を超えて長生きする確率が高いといわれているので“長生きはリスク”と考えて、公的年金の受給は計画的にすべきです」(深川さん)
受給を遅らせて年金額を増やすのか、それとも、受給額が減っても、早めに受け取る方がいいのか、現状と将来の両方を考慮して選んでほしい。
※女性セブン2022年5 月26日号