相手が先攻を選んで、「まじか……」
その日、試合経過を遠く離れた秋田の地にいて携帯電話で確認していた私が不思議に思ったのは、わせがくが後攻だったことだ。試合前の段階で力の差がはっきりしている場合、主将同士のじゃんけんによって決定する先攻・後攻は、「弱者が先攻」となるケースがほとんどだ。
力の劣る学校は後攻だと1回表から猛攻を受けることになり、しかも5回コールドの決着であっても相手に5回の攻撃機会を与えることになる(相手が後攻なら攻撃機会は4回)。だからこそ、先攻を選ぼうとするのだ。一方で、強豪校は概ねセオリー通りに後攻を選択しがちであるため、じゃんけんにどちらが勝っても、「先攻が弱者、後攻が強者」の図式になる。わせがくの前監督である石田尚孝先生(41、現・多古本校センター長)が嘆息するように振り返った。
「うちはじゃんけんに負けて、千葉学芸さんが先攻を選んだそうです。『まじかぁ……』が正直な感想でした。相手は昨春の千葉王者ですから、ある程度の大敗は試合前から覚悟していました。後攻だと聞いて、これで20は失点が増えるだろうし、試合時間も長くなるだろうな、と……」
わせがくが浴びた17本塁打はすべてランニングホームランだ。外野手の間を抜く鋭い当たりが飛べば、野球経験のない外野手に息の合った中継プレーなど望むべくもない。普通、これほど一方的な展開となると、リードする学校は送りバントを多用して、走者を進塁させるだけでなく、アウトカウントを増やして試合を5回まで“進行”させていくものだ。石田先生が続ける。
「ところが、うちの投手のボールはスピードが遅いために、千葉学芸さんの選手がバントをしてくれたとしても、線上に転がったりする見事なバントばかりで、アウトにできないんですよ(苦笑)」
炎天下で戦う選手も大変だが、会場の長生の森公園野球場にやってきた全校生徒も屋根のないスタンドでの応援は熱中症の危険性が高かったはずだ。引率の責任者でもある石田先生は忙しく動き回っていた。
「スタンドではすぐにでも倒れそうな生徒が続出しましたし、3時間ゲームを覚悟していましたから、急遽、バスを球場のロータリーのところに停めてもらって、相手の攻撃中は生徒をバスの中で休ませました。そして、3アウトを取ったら、『おーい、俺らの攻撃だぞー』と呼びに行っていました。なんとかしのげました」