ライフ

綿矢りささんインタビュー コロナ禍を舞台に“モラル”の危うさを描いた痛快な短編集

綿矢りささん著『嫌いなら呼ぶなよ』

綿矢りささん著『嫌いなら呼ぶなよ』

【著者インタビュー】綿矢りささん/『嫌いなら呼ぶなよ』/河出書房新社/1540円

【本の内容】
 美容整形に精を出す山崎さんと、「ルッキズムに支配されすぎなんじゃない?」などと陰に陽に揶揄してくる同僚たちを描く「眼帯のミニーマウス」。居酒屋の店員でYouTuberの神田のファン・ぽやんちゃんが暴走していく「神田タ」。妻の女友達の新築祝いを兼ねたホームパーティーに招かれた霜月と、この機に霜月の不倫をただそうとする妻の女友達の攻防を描いた「嫌いなら呼ぶなよ」。そして綿矢さんが実名で登場し、ライター、編集者とインタビュー原稿で揉めまくる「老は害で若も輩」の4編を収録。人間の嫌な部分、怖い部分をえぐりながら、噴き出すシーンもたっぷりの傑作短編集。

笑いのあるものは、観るのも読むのも好き

 まだ30代ながら、昨年、作家生活20周年を迎えた綿矢りささん。新刊の『嫌いなら呼ぶなよ』は、「明るい闇」を内面に抱える人々を描き、これまでとはかなり肌合いの違った短編集だ。

 初めに書いたのが、本のタイトルにも取られている「嫌いなら呼ぶなよ」。妻の友人の新居お披露目に夫婦で呼ばれるが、妻たちの真意は別にあり、ホームパーティーは修羅場に変わる。

 責められる側にはそれだけの理由があるのに、責める側の攻撃が激しく執拗になればなるほど、どんどん彼女たちにも共感できなくなっていく。

「正義は自分たちの側にあると、よってたかって一人を責めたてる。そういう行為自体、綺麗かといったらグロテスクなところがあるし、第三者の目から見たらどっちもどっちに見えてくる。そんな不思議さを書きながら感じていました」

 絶妙なタイトルも含め、笑いに対する綿矢さんのシャープな感覚が全編に冴えわたる。

「笑いのあるものは、観るのも読むのも好きですね。ただ、自分が書くとなると、面白いものを書こうとすると思い浮かばないです。シビアな場面を書いているときに、ふっと、『あれ? もしかしてこれ、笑えるかも』みたいな感じになって、そういうのが書けたら、なるべく削らずに残します」

 内向的な人物を書くことがこれまで多かったが、この本に出てくるのは、罪悪感や倫理観がかなりズレた、あまり悩まない、自分の欲望に忠実なタイプの人間だ。

「神田タ」の主人公もそう。彼女が好きになるYouTuberの名前が「神田」で、神田は、芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」の罪人「カンダタ」を引き合いに出し、アンチコメントを書きこむ人間に対して、カンダタのように「お前らは来るな」と言ったりしない、と言って、主人公の行動を一層エスカレートさせる。

「YouTuberと自分との距離感がわからなくなってる人って実際にいるんですよね。テレビに出ているタレントと違って近く感じられるせいなのか、動画のコメント欄を発信者が絶対に読んでいて、何か思っているに違いないと信じ込む人が一定数います」

「眼帯のミニーマウス」には整形をくりかえす女性が出てくる。ヒアルロン酸を打ったことや過去の整形を隠さなかったために、同僚の執拗なからかいの対象になる。同僚の言葉の容赦ない残酷さや、周囲が思うほど単純ではない彼女の内面、やられる一方ではないしぶとさも描かれる。

「集団の悪ノリというのかな。本人が平気そうに話すから、もっと聞いてもいい、噂の的にしてもいい、ってどんどんひどいことになっていくことがある。会社とか学校とか、人がたくさんいると時々そういう感じになることがあって、そのことが嫌というより、なんでそうなるんやろ?と不思議なんです」

関連キーワード

関連記事

トピックス

水原一平氏はカモにされていたとも(写真/共同通信社)
《胴元にとってカモだった水原一平氏》違法賭博問題、大谷翔平への懸念は「偽証」の罪に問われるケース“最高で5年の連邦刑務所行き”
女性セブン
尊富士
新入幕優勝・尊富士の伊勢ヶ濱部屋に元横綱・白鵬が転籍 照ノ富士との因縁ほか複雑すぎる人間関係トラブルの懸念
週刊ポスト
大ヒットしたスラムダンク劇場版。10-FEET(左からKOUICHI、TAKUMA、NAOKI)の「第ゼロ感」も知らない人はいないほど大ヒット
《緊迫の紅白歌合戦》スラダン主題歌『10-FEET』の「中指を立てるパフォーマンス」にNHKが“絶対にするなよ”と念押しの理由
NEWSポストセブン
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
大阪桐蔭野球部・西谷浩一監督(時事通信フォト)
【甲子園歴代最多勝】西谷浩一監督率いる大阪桐蔭野球部「退部者」が極度に少ないワケ
NEWSポストセブン
がんの種類やステージなど詳細は明かされていない(時事通信フォト)
キャサリン妃、がん公表までに時間を要した背景に「3人の子供を悲しませたくない」という葛藤 ダイアナ妃早逝の過去も影響か
女性セブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
大谷翔平に責任論も噴出(写真/USA TODAY Sports/Aflo)
《会見後も止まらぬ米国内の“大谷責任論”》開幕当日に“急襲”したFBIの狙い、次々と記録を塗り替えるアジア人へのやっかみも
女性セブン
創作キャラのアユミを演じたのは、吉柳咲良(右。画像は公式インスタグラムより)
『ブギウギ』最後まで考察合戦 キーマンの“アユミ”のモデルは「美空ひばり」か「江利チエミ」か、複数の人物像がミックスされた理由
女性セブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン