「特に問題ありません」
東京に住むウクライナの避難民は約370人(8月21日現在)。その多くが、5か所の都営住宅にまとまって暮らしている。そのうちの1か所が、山谷だった。東京都住宅政策本部の担当課長が説明する。
「ウクライナ戦争の勃発に伴い、部屋を一定数確保できた都営住宅を候補地として複数、無料提供しているだけで、場所で選んでいるわけではありません。たまたまそこ(山谷)になっただけです」
ヴィクトリアさんの場合は、日本人の身元引受人が山谷に決めたという。
「ほかにも候補地はありましたが、都心に近いという理由で選んだそうです。ホームレスがいる地域というのは事前に知らされていました」
彼女以外の避難民たちも、同様の経過を辿ったとみられる。その結果が、山谷への集団移住につながった。
ヴィクトリアさんは早速、“洗礼”を浴びているようだ。
「日中に下半身を露出している男の人からストーカーみたいな行為をされたり、弟が路上生活者から大声を上げられたりと、少し怖い体験はしました。でもウクライナにも同じような人はいるので、特に問題ありません」
母国でミサイル攻撃の脅威にさらされ、命からがら来日した経験から培われた度胸も、一役買っているのかもしれない。
ただ、夜の1人歩きは避けている。遅い時間に最寄りの南千住駅に着いた場合は、弟が迎えにきてくれるという。
ヴィクトリアさんは、ウクライナの名門、キーウ国立大学の修士課程に在籍中だ。専攻は日本語と日本文学。日本語での日常会話はそれなりにできるが、漢字の読み書きは苦手だという。
父(50)はウクライナ軍の兵士で、目下、東部でロシア軍と戦っている。母(48)も母国に留まり、病院で看護師として働きながら、キーウの自宅に猫と一緒に暮らしている。
「日本に避難するまでは大変でした」
ヴィクトリアさんがため息まじりに語り始めた。
ロシア軍が2月24日に侵攻して以降、ヴィクトリアさんは母、弟のアルテム君とともに、3人でキーウの自宅に身を潜めた。
「3月半ばになって、ロシアによる化学兵器使用の可能性が浮上し、避難しようと思い立ちました。母は夫を1人で残せないと留まることを決め、アルテムも一緒に連れて行くように言われました」