【著者インタビュー】芦沢央氏/『夜の道標』/中央公論新社/1815円
芦沢央氏の作家デビュー10周年作品『夜の道標』は、あらゆる予断を覆す結末と、人間の尊厳や誇りをめぐる新たな視座へと読者を誘う、3つの風景から構成される。
1つは相鉄・二俣川駅の程近くに住む小学6年生で、同じミニバスのクラブチームに所属する〈仲村桜介〉と〈橋本波留〉がいる風景。1つは夫と離婚し、今は駅前の惣菜屋で働きながら実家に1人で住む30代女性、〈長尾豊子〉がいる風景。今1つは2年前、横浜市旭区内で学習支援業を営む〈戸川勝弘〉が殺され、35歳の元教え子〈阿久津弦〉が姿を消した事件を、旭西署強行犯係の刑事〈平良正太郎〉とその相棒が追う風景。
物語の舞台は1998年。桜介が『SLAM DUNK』の影響でミニバスを始めたり、豊子や正太郎の職場が喫煙に鷹揚だったりと、「あえて今回は固有名詞や時代性を強調した」と芦沢氏は言う。そのたった20年の違いが、物語の鍵をも握るのである。
「本という長く残るものを書いている私自身、人々の価値観が20数年で変わってしまうなんて、物凄く怖いことだなあと思うんですね。特にここ数年、それまで正しいとされてきたことが全然そうじゃなかったと、逆に糾弾されたり、自分で自分を許せなくなることが、いろんな場面で増えているような気がするんです。
例えば豊子がお笑い番組を視るシーンがありますが、お笑いって時代の倫理観を如実に映すものだと思っていて、今だったら差別的だったりセクハラだったりで笑えない話も、昔は普通に笑えていたわけですよね。喫煙者に甘いのも当時はそういうものだったからで、僅か20数年の違いで生じる違和感を積み重ねることが、この物語には必要でした」
まずはある夏の放課後、ミニバス用も含めてゴールが3基あるいつもの公園で波留と落ち合い、彼の小学生離れした身長とテクニックに改めて見惚れる、桜介の視点から物語は始まる。
数か月前、元実業団選手の父親に3歳から英才教育を受ける波留が転入したことで、チームは来週勝てば関東大会進出というところまできていた。だがこの日、いつもの丁字路で波留を見送った桜介は妙な別れ難さを感じ、後を追う。そして道路際に立つ彼を見つけ、声をかけた瞬間、ブレーキ音と共に宙に舞う友の姿を目撃することに。波留は前腕骨を骨折し、関東大会出場もほぼ絶望的となった。