【書評】『性と芸術』/会田誠・著/幻冬舎/1760円
【評者】平山周吉(雑文家)
「まずはこの執筆の動機を僕に与え続けてくれた、ネットの皆様に感謝を捧げたいと思います」と、「あとがき」で強烈な「嫌味」がソフトに記される。「嫌味」とは著者・会田誠自身の言葉だ。『性と芸術』は、世に溢れかえる「140字」的なるものへの嫌悪の表明であり、不快なるものを抑圧しようとする、安直なる「正義」の声への挑戦である。
現代アートの「天才」(この語に対する著者自身の説明も本書の中にある)会田誠が二十三歳の時から書き始めた「犬」シリーズは、そのスキャンダル性のゆえに叩かれ続けてきた。犬の首輪をはめられた裸の美少女が、嬉しそうにポーズしている。四肢は切断され、白いガーゼは痛々しいのに。
なぜこの画が描かれたか。油画を学ぶ画学生だった会田は、「日本画維新」を目指し、一目瞭然の「悪」を提示することに決める。「低俗な変態的画題を、風雅な日本画調で描」く。そこには一九八〇年代バブル日本への批判と、さかのぼれば、戦後日本への批判のモチーフが強く波打っていた。
狩野永徳の国宝「檜図屏風」の前で長時間佇んでいた時に、「犬」の原型的イメージは生まれた。そう言われると、何だか眉唾な感じがするかもしれないが、会田が渾身を込めて書く、饒舌な自作解説には説得力がある。
その発想の元には、三島由紀夫と小林秀雄がおり(この二人については前から会田は書いている)、それだけではなく川端康成や澁澤龍彦がいた。美術の世界でならば、岡倉天心と藤田嗣治も。
日本画はすでに「日本画の抜け殻」となっていた。「残念ながら、明治から始まった近代日本画の命脈は、基本的には太平洋戦争の敗戦と共に尽き」ていた。二十三歳の会田は「日本」への批評として「犬」を描き、「マルチな方向に向けられた『抗議』!とした」。
私は森美術館の会田誠展で「犬」を見ている。その時に、裸の美少女から傷痍軍人を連想した。それはあながち突飛な連想ではなかったようだ。
※週刊ポスト2022年9月30日号