「実は岸恵子さんは、年代は違うんだけど、私にとって同じ高校の先輩なんです。お会いしたことはないけどね。主人は時々彼女のことを話してました。ええ、交際していたってことも。私を妬かせようとして、わざとそういうことを言うんです」(田中敬子)
中学3年生の夏のことである。日記は「一九五六年七月十四日」とその日を教えてくれる。「夏休みに岐阜の国際トレセンに行くことになった」とある。最初は「合同合宿か何かだろう」と敬子は思っていたが、後日、概要を聞かされると「合同合宿」ではなく「国際的な催し」だという。担任は言った。
「この夏、青少年赤十字の世界大会が岐阜で行われる。世界75カ国から同年代の少年少女がやって来て交流を深める。ウチの学校も赤十字に加盟しているから、神奈川県代表として一人出すことになった」
「ああ、それが私ということですか」
「そうだ。学年で最も成績の優秀な田中に是非行ってもらいたい」
さらに、こうも言った。
「お前は英語の読み書きが出来るだろう。それで世界中の少年少女と交流を広めてくれ。何なら文通でもやってくれたらいい」
そう言われて、敬子の胸が高鳴ったかと言うとそうでもなかった。「まずい」と思った。と言うのも、普段の勉強が忙しく英会話はおざなりになっていた。「学校で習う英語と、実生活で使用する英会話はまるで違うので」と敬子は苦笑する。
同じ「外交官志望」の女性との出会い
「青少年赤十字」とは世界75カ国が参加する世界の赤十字運動の青少年版である。人種、民族、思想、宗教の区別なく、3泊4日の共同生活とリクリエーションを通して交流を深め、博愛の心の培養し、赤十字精神を実現しようという試みのもと行われるものである。
8月14日、港区芝大門の日本赤十字社に、東京、神奈川、千葉、茨城、福島、新潟、秋田、岩手、青森、北海道と10都道府県の代表者が集合した。いずれも女子ばかりで、12時35分の急行霧島に乗車、18時35分に岐阜に到着しそのまま入営している。「予期していた旅館より大分違う。環境もよくない。あまりきれいでない」と日記にはある。翌日には世界各国の青少年が集まった。
敬子は青森県代表の「かずえさん」と、アメリカ人の「リンダ」と「メアリー」と同室となった。「英語が思うように通じない」と嘆く一方「同性の間では真っ裸でも平気なのには本当にびっくり」と米国人の風習にカルチャーショックを受けている。