国内

『はだしのゲン』と私 どんな過去も「なかったこと」にはできない

漫画「はだしのゲン」 中沢啓治著 汐文社。コミック版全10巻(時事通信フォト)

漫画「はだしのゲン」 中沢啓治著 汐文社。コミック版全10巻(時事通信フォト)

 漫画『はだしのゲン』は、作者の中沢啓治氏自身の被爆体験を元に、戦中戦後を生き抜く少年、中岡元(ゲン)の姿を描いたものだ。漫画本編を読んだことがなくとも、「だめじゃだめじゃだめじゃ」のコマを切り抜いたインターネットミームで同作品を知る人は多いのではないだろうか。約50年前の週刊少年ジャンプ連載作品でありながら今もネットで話題になるのは、長年、広島市が平和教育教材として使用し続けてきた影響も大きい。ところが、広島市教育委員会による「平和教育プログラム」の見直しによって、小学3年生向けの教材から削除される方針が明らかになった。俳人で著作家の日野百草氏が、被爆二世である自身のルーツに触れつつ、都合が悪いもの、見たくないものを「なかったこと」にしようとする可能性の恐ろしさについて考えた。

 * * *
 原爆の悲劇を描いた不朽の名作『はだしのゲン』が、物語の舞台である広島市の平和教育教材から削除されることになった。広島市教育委員会によれば「限られた授業時間では原爆そのものを伝えづらい」「当時の文化や悪事の背景まで説明できない」といった理由である。教育委員会の有識者によれば、栄養失調の母親のために鯉を盗む、家族のために浪曲を歌って日銭を得るといった行為が「なじまない」あるいは「誤解」を与えるそうだ。また原爆による倒壊で家の下敷きになった父親が息子たちを逃がす場面もまた「被爆の実態に迫りにくい」らしい。教育現場における時間の制約と苦労はわかるが、本当にそうなのだろうか。『はだしのゲン』は教育に「不都合」なのだろうか。

 筆者は長崎の被爆二世である。ただそれだけの話だが、そのおかげで被爆者の父から記憶という「財産」を受け継いでいる。その記憶という「財産」は決して美しい悲劇などではなく、むしろ『はだしのゲン』で描かれたのと同様に残酷で、理不尽で、受け取る人によっては「愚か」とされてしまうかもしれない。それでも、筆者はこの一族の「不都合」を誇りに思っている。

 これから、その2019年に亡くなった長崎の被爆者、父に成り代わり、「私」として、生前に伝え聞いた記憶そのままに語ろうと思う。

「被爆者は早死にする」と言われたことが悔しかった「私」

〈私の家族は、原爆に殺された。

 六人家族で長崎市の西山という高台に住んでいた。昭和20年3月生まれで四兄妹の末っ子である「私」は生後半年だった。

 あの日、父は山の表側にある畑に出ていた。一番目の兄は勤労動員で長崎造船所にほど近い工場で働いていた。母と二番目の兄、姉は私と家にいたと思う。「思う」というのは父親とも一番目の兄とも会ったことはなく、その原爆の記憶は残された家族から聞かされたものだから。

関連キーワード

関連記事

トピックス

元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
日本テレビの杉野真実アナウンサー(本人のインスタグラムより)
【凄いリップサービス】森喜朗元総理が日テレ人気女子アナの結婚披露宴で大放言「ずいぶん政治家も紹介した」
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
伊勢ヶ濱部屋に転籍した元白鵬の宮城野親方
元・白鵬の宮城野部屋を伊勢ヶ濱部屋が“吸収”で何が起きる? 二子山部屋の元おかみ・藤田紀子さんが語る「ちゃんこ」「力士が寝る場所」の意外な変化
NEWSポストセブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
今年の1月に50歳を迎えた高橋由美子
《高橋由美子が“抱えられて大泥酔”した歌舞伎町の夜》元正統派アイドルがしなだれ「はしご酒場放浪11時間」介抱する男
NEWSポストセブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
STAP細胞騒動から10年
【全文公開】STAP細胞騒動の小保方晴子さん、昨年ひそかに結婚していた お相手は同い年の「最大の理解者」
女性セブン
逮捕された十枝内容疑者
《青森県七戸町で死体遺棄》愛車は「赤いチェイサー」逮捕の運送会社代表、親戚で愛人関係にある女性らと元従業員を……近隣住民が感じた「殺意」
NEWSポストセブン