たるみやもたつきのないスッキリとした輪郭に、ぱっちりとした目、曇りのないみずみずしい肌。まるで女優の吉永小百合のような顔をした女性は「これでいつ死んでもいい」とほほえむ。都内の一等地にクリニックを構えるある大手美容整形外科では、美容整形を施して写真を撮る「遺影撮影サービス」が人気だという。体験したSさん(72才)はこう話す。
「やろうと思ったきっかけは親友のお葬式。棺で眠る彼女の顔があまりにもしわくちゃでギョッとして、『私もこの顔のままで棺桶に入るのは嫌だ』と思った。もちろん整形は未経験でしたが、“冥土の土産”のために一念発起。顔のリフトアップに二重まぶたにするための切開、シミ取りレーザーとフルコースでお願いしました」
鏡を片手に自らの顔を眺めながら、佐藤さんは「大満足です」とつぶやいた。
東京イセアクリニックの調査によれば、美容整形を受けた患者数は2015年から2020年の6年間で6.7倍にも増加したという。また、同調査では9割以上が「整形したことを隠さない」と回答し、そのイメージも10年間で大きく変化している。手軽に「理想の美」に近づくことができるようになった「整形のカジュアル化」は、私たちにとって福音なのか—─。
日本で初めて二重まぶたにした女子学生は学校を除籍になった
注射によるヒアルロン酸の注入から全身麻酔をして骨を切る大がかりなものまで、一口に「美容整形」といわれる施術はさまざまだが、定義はあるのか。美容・医療ジャーナリストの海野由利子さんが解説する。
「実は美容分野の医療に正式な医療用語はなく、『メスを入れたら美容整形』など明確な定義はありません。医療界では“病気の治療ではなく美容を目的とした医療”を総称する言葉として現在は『美容医療』という表現が共有されており、その中で、“メスを使うもの・使わないもの”“顔立ちを変えるもの”“アンチエイジングを目的としたもの”などと分けられています」
海野さんは、そうした「見た目の治療」は江戸時代から始まっていたと話す。
「18世紀の日本では、梅毒で鼻を欠損した人に木製の鼻をつける“つけ鼻屋”の記録が残っており、現代の美容外科治療に通じると言われています。一方、世界に目を向けると、古来各国では『外科手術は命を救うためのもの』とされており、見た目の治療は二の次とされていました」
その風潮を大きく変えたのが、第一次世界大戦だった。「当時のヨーロッパでは戦争による負傷で顔面に大きなけがをした復員兵をはじめとして、見た目が変わってしまった人たちが大勢いた。彼らが社会復帰をするために“外見の治療をする”ことの意義が認められ、技術も発展し、美を提供する医療の隆盛につながりました」(海野さん)