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【19年ぶり現代長編】志水辰夫氏インタビュー「自分の選んだ道に最後まで覚悟を持ち、人知れず積み重ねられる人間こそ偉い」

志水辰夫氏が新作について語る

志水辰夫氏が新作について語る

 帯に「伝説のハードボイルド作家、19年ぶりの現代長編」とあるように、シミタツ節、待望の復活である。志水辰夫氏(86)の最新刊、その名も『負けくらべ』は、対人関係や記憶力に極めて優れたギフテッドながら、常に謙虚で控えめな介護士〈三谷孝〉66歳を主人公に、出会って早々、彼を慕い、相談相手として雇うまでになったハーバード卒の若き起業家〈大河内牟禮〉や、その一族を巡る、血と金と欲にまみれたドラマを描く。

 この何とも言い得て妙な表題に関して当の志水氏は、

「私の大好きな樋口一葉のもじりです」と、やんわり茶化してみせるが、例えば大河内にこんな台詞がある。〈自分が中心にいない世界は意味がない、自己主張しなかったら存在価値がない、そういう世界でぼくはずっと生きてきたんです。人を受け入れたら負け、という〉〈後れを取ったら、即死ぬ〉〈勝者がなにもかも取る〉といった強迫観念に誰もが脅かされる今、彼と三谷が生きる世界の対比に、私達は何を思うのか?

「私は志の高い人間じゃないし、最初は通俗的なハードボイルドでいいと思ったの。通俗的で何が悪いと、むしろ思ってる方ですから。ただそのうち、次は違うことをやってみたいという、いつもの癖が出ちゃってね。例えば認知症を取り上げて、こんな主人公を泳がせたらどうかと書いていくうちに、当初の構想とは全く違うものになった。要は編集者の助言のおかげで、真っ当になったんです、小説が(笑)。

 私はほら、わからない人はわからなくていいという考えだから。世の中なんてわからないことだらけだし、誰だってわからないことはわからないなりに生きてくもんじゃないのってね。そしたら担当者に言われたんです。『今の読者はもっと書き手が寄り添わないと、読んでくれません』って。それで反省しましてね。そうか、だから私は浅田次郎になれないのかと、一瞬で腑に落ちたな(笑)」

 知的能力は平均よりやや上程度だが、空間認識等の本能的能力は抜群の三谷は、今は妻と始めた介護法人を娘夫婦に譲り、念願だった〈納得できる介護〉を個人で請け負う傍ら、元内調の調査機関幹部〈青柳〉から様々な仕事を頼まれていた。

 元外務官僚の病状を隣のベッドで探ったり、複数の講演会の来場者の顔を全て憶え、重複者を特定したり。青柳は三谷の能力を利用し、三谷は介護料のいい上客を紹介される、対等な関係だ。

 ある時、妻共々世話になった先輩を見舞うため東京都稲城市を訪れた彼は、〈東輝記念財団〉〈東輝クリエイティブ〉と2つの社名が並ぶ建物の裏手の里山に集音機持参で侵入。目的は以前もこの近くで見かけた鳥、クロツグミの声だった。

 その森で財団の職員らしき女性と情事に耽る大河内の姿を見かけた三谷は、不法侵入を咎めるどころか、鳥の話を聞きたがる彼からやがて山梨の山荘に誘われ、彼の孤独や複雑すぎる生い立ちの聞き役に徹した。

 大河内はサラ金経営からのし上がった昭和の風雲児〈大河内東生〉の三男で、実子4人全員が母親が違うほど放埓だった東生が、妻〈尾上鈴子〉の女中に産ませた子供だった。戸籍上の母に嫌われた彼は11歳でアメリカに追放され、30を過ぎた頃、姥捨て山も同然の財団の理事長として呼び戻されたのだという。

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