──B/Cが1を切るのではないか。
「1以下であろうが10あろうが、やるべき事業はやるべきなんだよ、当たり前じゃない」
──いくらに増えても断行されるなら、新たな計算方法でB/Cを出す必要もないのでは?
「それも含めてなくしたらいいんですよ。そんな数字(従来の計算方法のB/C)は意味ないから」
──としても従来の計算も公表すべきでは?
「(従来の計算は)間違いがある、意味のない数字。北陸新幹線は東京・大阪間の鉄道を日本海側にも通して(災害時の)ダブルルートができるっちゅうことに意味があるんだから、B/Cをやるにしても、当然東京と大阪間(を含めた便益)で見なあかん」
事業ごとに場当たり的に鉛筆を舐めて計算すれば、客観的指標ではなくなる。国民にメリット・デメリットが見えなくなれば、透明な議論の前提を損なうのではないか、という懸念が残った。
いま、与党・自民党の政治家が数字を無視して豪腕で事業を推し進めれば、昭和の国鉄や道路公団の赤字タレ流し体質が復活するだけで、時代錯誤の誹りを免れない。資材高騰や人口減が避けがたい以上、政治家は批判の矢面に立つ覚悟で、“コストがかかってもその事業が必要な理由”を国民に丁寧に説く責任こそ問われる。そうして合意を得る作業を通じてしか、新しい公共事業の考え方は見えてこないのではないか。
【プロフィール】
広野真嗣(ひろの・しんじ)/ノンフィクション作家。神戸新聞記者、猪瀬直樹事務所スタッフを経て、フリーに。2017年、『消された信仰』(小学館文庫)で小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)。
(了。前編から読む)
※週刊ポスト2024年8月16・23日号