寺島氏が名付けた「ぱるちゃん」
置き土産の「避妊していない雌猫」
樋口氏に執筆を持ちかけた本書の発行人、岡崎氏も近い気持ちを持っていた。ノンフィクションにおける評伝のセオリーは“対象が著名人”であることだ。そうでなければ“売れない”と業界内では言われる。寺島氏は知る人ぞ知る存在ではあるが、言い換えれば、ほとんど知られていない人物である。それでも書籍化を進めた理由を、岡崎氏はこう語る。
「小さな出版社なので小回りが利くという大前提がありますが、それに加えて寺島さんは、名前はないけれど、かなり変わった人なので、読み物として成立するのではないかという思いもありました。そして個人的には、これは嘘じゃないんですけど、罪滅ぼしです。もともと寺島さんは周囲に対して連絡を執拗によこすタイプだったのですが、亡くなる5年ぐらい前からめんどくさいから連絡を全部無視していたんです。多分精神的な問題もあったのだろうと思いますが、人生終盤はちょっとした関係のある人にまで片っ端から意味不明なLINEを送りつけていたんです」
その理由について問うと、樋口氏が引き継ぎ、こう推測した。
「本人はコアマガジンの社長になれると思っていたようですが、部下の独立や暴走、雑誌の廃刊などで、社内無職の状況になってしまい、事実上の退職勧告を受けてしまいます。プライベートでは離婚して、子供たちにも会えない。周りから人が去っていく。どんどん孤立し、孤独になっていたんでしょう。孤独は、人をここまで追い込むんだなと思いましたね」
ただ、ふたりは“贖罪”というが、内容は、寺島氏にとっては手厳しくもある。どういうことか。岡崎氏は言った。
「出版界のセオリーで言えば、著名人ではない寺島さんの本は、本来、出版されることはないんです。ですが元部下として本にしたという、それ自体が罪滅ぼしなんです」
樋口氏は取材を経て、自身のなかの寺島氏への感情に戸惑いを覚えているという。
「寺島さんは自分の人生のなかで一番嫌いな人だったはずなのに、その嫌いな人について話を聞くはずなのに、その取材がすごく楽しかったんですよ。これはどういう感覚なんだろうと考えていて。あれ、ひょっとしたら僕は寺島さんのこと好きだったの? と混乱しました。すごいアンビバレンスな感情が続いています。書き終わっても『寺島さんこんなこと書いたら怒るだろうなあ』と思いつつも、でも草葉の陰から寺島さんが『また困ったね、本当。岡崎と樋口には全く』と、髭をさわりながらニヤニヤして言ってくれているだろうなと思ったりもするんです」(樋口氏)
寺島氏が生前飼っていた猫は、岡崎氏の会社が引き取り育てている。
「猫に罪はないですからね。それにもともと会社には猫がいたので。飼い始めて1年以上経つのに、先住猫と仲良くなれなくて、困ったものです。しかも雌猫だったんですが、寺島さんは避妊手術していなかったんですよ。飼い主としてどうかと思いますよ。恨みも薄らいできた頃に避妊手術にお金がかかってしまって、また恨みが蘇ってきています(笑い)」(岡崎氏)