奇数章には涼風や翔の他、部活の先輩達から陰湿ないじめを受け、結局高校もやめて家を出た〈小堀颯太〉16歳、妙な宗教に全財産を貢いだ上に、自分を40代の男に嫁がせてステージを上げようとした母から逃げ、今はパパ活でしのぐ元ガールズバー店員〈杉山綾乃〉20歳、母親の自殺後、継父から小児性愛者相手の売春を強いられ、自分を人気アニメのキャラクターだと思い込むことで心の均衡を保ってきた仙台出身の〈ルウ〉14歳などが登場。少なくとも2020年の時点では、コロナ禍に居場所や仕事を奪われた相手を純粋に思う〈声かけ〉からこうふくろうの活動が始まっていたことが窺える。
「その当初の理想や思いが全く違うものに変質してしまうことは、宗教や政治や恋愛などでもよくありますが、本書に限って言うならやはり寂しさがひとつのキーワードになると思います。
つまり世の中に悪い人は幾らもいて、孤独や悩みや欲が一定の線を越えた隙に、悪は付け込む。しかもコロナが人の繋がりを遮断し、分断を加速させた面はある一方、今だって当時の閉塞感が拭われたかというと、そんなことはないわけです。むしろ闇バイトで強盗殺人までやる若者とか、孤独な人はより孤独になっていて、コロナは家族や人間関係の脆さを思い知るきっかけに過ぎなかった気もします」
ひとつに頼ると免疫はつかない
若者だけではない。仲間には妻子に去られた55歳のドッグカフェ店主〈松永〉らもおり、創立メンバーを〈ペアレント〉と呼び、スマホを見せ合う〈共有〉や〈教育〉〈収穫〉といった儀式に無邪気に興じる様は、それらが本物の家族同様、美しく正しい響きをもつだけに、ゾッとせずにはいられない。
「これは無知ということが大きくて、SNSやネット情報などひとつのものだけに頼っていると、免疫ってつかないんですよ。年配の方でも普通は騙されない話に騙されたり、特に本書の彼らは寂しさゆえに偏り、孤独な者同士で世界を成立させようとした結果、ますます偏っていくわけです」
新見の娘探しの驚くべき顛末や各々の変貌ぶりなど、本誌連載中から「実は1週先に誰がどうなるか、僕にも分からなかった」と笑う薬丸氏は、作家生活20年をこう振り返る。
「僕が乱歩賞を戴いた年に東野圭吾さんが『容疑者Xの献身』を出されて、確かそれが20年目だったんです。20年後はこうなれるのかと思ったら全然でしたね(笑)。それでも最初は1年続くかも不安だった僕には感謝しかなく、読者の方や編集者や先輩作家、後輩達も含めて、人には本当に恵まれてきた。綺麗事みたいですが、それが僕の本心です」
終始謙虚な社会派作家の26作目は、今を生きる者としての日常的な問題意識に端を発し、身の細るような執筆過程を経て、手に汗握るエンタメへと昇華した、「自分史上、最もダークな作品かもしれません」。
【プロフィール】
薬丸岳(やくまる・がく)/1969年兵庫県明石市生まれ。劇団の研修生や旅行会社勤務を経て、2005年に『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2016年『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞、2017年「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。著書は他に刑事・夏目信人シリーズ(『刑事のまなざし』『その鏡は嘘をつく』等)や、『友罪』『誓約』『刑事弁護人』『罪の境界』『最後の祈り』『籠の中のふたり』等。映像化作品も多数。177.8cm、59kg、O型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年7月18・25日号