箱根駅伝コースMAP
難所と運命の声掛け
藤沢を抜けると、細かくアップダウンが続く。
〈しめしめ。これはいいぞ。弱っている奴はここでタイムを悪くする〉
大塚は難しいコースを歓迎した。
条件は同じだから自分にとっても大変なはずだが、自分が苦しむことより、他の選手が苦しんで落ちこぼれると考える。人の不幸は蜜の味というが、自分も同じ不幸に直面しているのに、他人の不幸の方が楽しくて自分のエネルギーにしてしまう。究極の自己中心的な思考法で、何でも自分に有利になると切り替えて考える特殊な思考が大塚には身に付いていた。
大塚は上り下りが苦にならなかった。苦手意識がない。そのことがこのような特殊な思考法を生んだとも言えよう。
16kmほど走って、8区最大の難所と言われる遊行寺の坂にさしかかった。
〈いいぞ、いいぞ。よし、よし〉
大塚は難所を迎えて喜んだ。急坂であることは最初から分かっていたが、むしろ他の選手より優位に立てると心待ちにしていた。
観衆はここが正念場とばかりに、苦しんでいると思って坊主頭の1年生に盛んに声援を送った。観客はここで大塚が失速するのではないかと、ハラハラしてもいたろう。
ただ本人は、むしろ苦しむよりも楽しんでいた。そんな大塚の背中を観衆の声援があと押しした。
遊行寺の坂の一番きついところに差し掛かったときだった。
「大塚、土浦の10マイルと同じペースだぞ」
懐かしい声が沿道から飛んできた。大塚は驚いた。
水戸工業高校陸上部の恩師関山由雄先生だった。
恩師は大学駅伝にはめったに足を運ばないと聞いていたので、来ているとは夢にも思っていなかった。その恩師の声掛けである。
〈来てくれていたんだ〉
しかも、一番キツイところで、記録を意識させられた。
声掛けはプラスになった。外からは苦しく見えて、実際に苦しくもあったが、心の中では予想よりもスイスイと登れていると思っていた。
〈土浦の10マイルと同じかぁ。記録、いけそうだな〉
序盤の失速を挽回できると思った。
あと2kmに差し掛かった時、伴走車から石井隆士コーチが声をかけた。
「大塚、あと5周だぞ」
〈5周?〉
一瞬、戸惑った。それから気づいた。
〈そうかぁ。あと5周か〉
石井コーチはトラックで記録を出してきた大塚に、イメージしやすい声掛けをしたのだった。この想像もしていなかった声掛けに、カミソリとも呼ばれたスピードランナーとしての本能がめざめた。
スイッチが入った。大塚はギアをチェンジして、ペースを上げた。これが「あと2km」という声掛けだったら、そうはいかなかったかもしれない。
「ここから破られない記録をつくれ!」
石井コーチの声が、また飛んできた。
大塚はうなずいた。
ランナーの足の筋肉の線維には、長距離向きの「遅筋線維」(遅筋)と短距離向きの「速筋線維」(速筋)があることが、こんにちでは分かっている。大塚の速筋は短距離走者も負かすほど優れていた。その温存してきた速筋が、フル稼働を始めた。
この8区での大塚の走りは、見ていてワクワクするようなラストスパートだったと言われる。
【プロフィール】飯倉章(いいくら・あきら)/1956年、茨城県古河市生まれ。1979年、慶應義塾大学経済学部卒業。1992年に国際大学大学院修士課程修了(国際関係学修士)。2010年、学術博士(聖学院大学)。国民金融公庫職員、国際大学日米関係研究所リサーチ・アシスタントを経て、現在、城西国際大学国際人文学部教授。著書に『イエロー・ペリルの神話』『日露戦争諷刺画大全』『黄禍論と日本人』『第一次世界大戦史』『1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか』『第一次世界大戦と日本参戦』など。スポーツ・ドキュメンタリーを手掛けたのは本作品が初めてとなる。
