箱根駅伝では、沿道の多くの観衆からの声援が、ランナーたちへの大きな追い風になる(写真は2025年正月の往路“花の2区”。撮影/小倉雄一郎<小学館>)
正月2日、3日に開催される「箱根駅伝」は、日本の新年の幕開けともいうべき一大イベントだ。毎年、レースが行われる沿道には、多くの観衆が詰めかける。そして、各々が応援している選手や大学の名前を呼んでエールを送る。時に、その応援が選手たちの大きな力になり、さらに大会を盛り上げることになる。
第56回大会における大塚正美選手の区間新は、以降じつに15年間にわたって続く長寿記録となったが、その強力な追い風になったのも、沿道の観衆の声援だったという。大塚選手はいかに観衆を自分の味方に変えたのか──。
話題の新刊『箱根駅伝“最強ランナー”大塚正美伝説』(飯倉章著)より抜粋・再構成。
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【大塚正美成績】1980年・第56回大会 8区「区間賞・区間新」
大塚正美は「駅伝は一番、スポーツマンシップにそぐわない競技である」と言う。スポーツであるからには選手・チームは平等に扱われなければならない。ところが駅伝では、1位が断然有利で、その意味では不平等だからである。
特に近年、大型のテレビ中継車が入ってからはそうで、選手の前を走ってくれるので向かい風の時には、大きな風除けになる。追い風の時も邪魔にはならない。
しかし、中継車を別にしても、先頭は優位である。特にタイム差が開いている場合は、余裕をもってレースを組み立てることができる。追う側の選手は無理をしがちで、逆に失速・ブレーキのリスクを負う。それに駅伝では実力に関係なく、先頭の選手は一番を走ることができ、気持ちがよくてアドレナリンが出て、実力以上の力を発揮することもある。
他人への応援はオレへの応援。オレへの応援はオレへの応援。だから…
さらに大塚が強調するのは、沿道の観衆の声援の効果である。今か今かと選手を待ちかまえている観衆は、一番で走ってくる選手には、たいていは温かい応援や拍手をしてくれる。ライバルチームの応援に来ていたとしてもそうである。野球のように攻守が入れ替わるごとに応援が変わることもない。ブーイングもないし、日本では観客のマナーもいい。
これは究極のポジティブ思考の大塚に向いていた。
「沿道の観衆は自分のためにいるんだと思っていた」と大塚は言う。
大塚は日頃から観察眼が鋭く、人間を認知する能力に優れていた。それは声援や情報提供への反応にも表れた。知っている人や仲間の応援や声掛けに反応して、声を出したり、手を上げたり、指差すこともある。
藤沢市内に入って声援も増していた。
〈全部自分の味方〉
そう信じながら走るのは、実に気持ちがよかった。おまけにマスコミの宣伝のおかげで、観客が名前で呼んでくれる。名前で呼ばれると、いっそう力が出る。
昔、私が見たアニメの三悪人の一人のフレーズに「他人の物はオレの物。オレの物はオレの物。だから世界はオレの物」というものがあったと記憶している。これをもじれば、大塚の心境は〈他人への応援はオレへの応援。オレへの応援はオレへの応援。だからみんな、オレへの応援〉である。
それは都合のいい考えではあるが、あながち間違いではない。強豪チームの大型新人のデビュー戦で世間の注目を集めていたし、1年生らしい坊主頭も初々しかった。走りもかっこいいし、痩せていて日体大のプリンスと呼ばれるような甘いマスクである。それがトップで颯爽と走ってくる。駅伝ファンに人気が出ないわけがない。
