身体が動かない。寒すぎる──「天に見放されたか」
ヌメッとした(と大塚は言う)タスキを受け取って走りだしたが、足取りは重かった。
〈身体が動かない。寒すぎる〉
選手にとっては身体が動かないことは致命傷になる。とにかくアップから不調であったことの続きで、身体がロックしたままだった。
〈ちくしょう、何なんだこの風は……〉
さらに湘南の海風が正面から当たってきた。体感温度もどんどん低下する。
〈天に見放されたか〉と思った。
当時「天は我々を見放した」というフレーズが流行っていた。これは新田次郎作のベストセラー小説『八甲田山死の彷徨』を基にした映画『八甲田山』の一節である。無理な雪中行軍で道に迷い、気象の急変にも遭い、遭難する部隊の指揮官が叫ぶ言葉である。もちろん箱根駅伝では道に迷って遭難することはないが、気象を甘く見ると大きなしっぺ返しを受けかねない。
箱根駅伝コースMAP
追う順天大の中井良晴選手は、1分23秒差でタスキを受けて勢いよくスタートしていた。
〈キロ3分は無理だ。思い切って落とそう〉
大塚は最初の想定タイムから、すぐにプランを変えた。タイムだけではなく、消耗度も考えた。
最初の1kmを過ぎた。
〈まずい。3分20秒もかかった。遅すぎた〉
そうは思ったが、相手も苦戦しているだろうと思った。
ところが中井は快調に飛ばしていた。
差はどんどん詰まる。もともとの貯金も50秒ほどになっていた。
中井は、大塚に追いついて抜かそうと意識していたのではなかったようである。入りの1kmは3分ほどで、決して無理なペースではない。それでも大塚が近づいてくるのだから、むしろ、相手が勝手に落ちてくるというイメージだったろう。
一方で、大塚にはリアルタイムの情報は入ってこなかった。先頭を走っていると前しか見えないし、自分から振り向くことなどしない。おまけに自分に不利な情報は耳に入らない性格でもある。当時の伴走車である自衛隊のジープから関係者が伝える情報も、意図的に無視した。
「相手が見えないので、気にはならない」
それがトップで走る利点でもあった。
