「想定外を想定して対応する能力が、本当の実力」
周囲はやきもきしたであろう。6区・7区と連続して追い上げられ、順天大は勢いに乗っていた。もしも、大塚がブレーキになったら逆転される。監督は「2分30秒以内の差なら、9区・10区の坂本亘・充兄弟で十分逆転できる」と読んでいたが、それもこの調子では心もとない。
しかし、大塚は冷静だった。相変わらず身体は動かず、中井が追い上げてきているのも分かっていた。
〈とにかく身体が動きだすまで〉
大塚は我慢し、スローペースを維持した。なかなか新人が、腹をくくってできることではない。
走っていくうちに身体も温まりだした。さらに地形も味方になってきたように感じた。防風林の松林が高くなって、湘南の海風が遮られるようになってきた。
〈しめしめ。戻ってきたぞ〉
2km過ぎあたりから、少しずつ本来のリズムが戻ってきたことを感じた。
試走の時と違って雨も風もあり、イメージトレーニング通りにはいかなかった。しかし、そのギャップで心が折れることはなかった。〈ちくしょう〉と思うことで乗り越えた。どんなに想定しても、本番では何かが起こる。
「想定外を想定して対応する能力が、本当の実力」
大塚は多少、自慢げに語る。
さらに、8kmくらいまでは向かい風だったが、市街地に入ると風はまったく気にならなくなった。シミュレーション通り、走れるようになった。後半からは、みぞれまじりの雨も弱まった。沿道の声援も心地よい。