「した後悔は残らない。しなかった後悔は残る」
9区へと繋ぐ戸塚中継所は、直線の国道の途中である。大塚は勢いよく中継所に飛び込み、坂本亘先輩にタスキを渡した。
スピードを上げたが、フラフラではなかった。区間記録を43秒ほど更新したことは自身の計測でも分かっていた。
〈ちくしょう、こんなものかよ〉
口にこそ出さなかったが、正直そう思った。
ゴールした安堵などはなかった。プレッシャーから解放されてホッとするには、もともとプレッシャー自体がなかった。
〈もっといけたはずだ〉
後悔が残った。
「した後悔は残らない。しなかった後悔は残る」
大塚の口癖である。あのときこうすればよかったという後悔、努力をしなかった後悔、トライしなかった後悔は残るというのである。大塚には、大記録にチャレンジしなかったことが後悔だった。ただ、チームとして考えれば、その走りは十分だったし、チャレンジして大ブレーキとなるリスクを考えれば、戦略としても十分以上に合格だった。
一時期、50秒ほどまで詰められた順天大との差は、3分18秒まで開いた。9・10区は「鉄板」の坂本兄弟である。この後、坂本兄弟は箱根駅伝初の「双子リレー」を果たす。大塚は〈もう優勝は大丈夫〉と思ったが、それにつけても序盤の落ち込みがなければという思いが募った。
記録は1時間6分20秒の区間新だった。これまでの記録を43秒更新した。
だが、大塚は「残念な区間新」だと思っていた。喜びはなかった。それが、1995年まで破られない長寿記録になるとは、夢にも思っていなかった。
【プロフィール】飯倉章(いいくら・あきら)/1956年、茨城県古河市生まれ。1979年、慶應義塾大学経済学部卒業。1992年に国際大学大学院修士課程修了(国際関係学修士)。2010年、学術博士(聖学院大学)。国民金融公庫職員、国際大学日米関係研究所リサーチ・アシスタントを経て、現在、城西国際大学国際人文学部教授。著書に『イエロー・ペリルの神話』『日露戦争諷刺画大全』『黄禍論と日本人』『第一次世界大戦史』『1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか』『第一次世界大戦と日本参戦』など。スポーツ・ドキュメンタリーを手掛けたのは本作品が初めてとなる。