ライフ

【書評】『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』 心は分からなくても読むと誰かといたくなる

『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』/岡ノ谷一夫・著

『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』/岡ノ谷一夫・著

【書評】『人間の心が分からなかった俺が、動物心理学者になるまで』/岡ノ谷一夫・著/新潮社/1980円
【評者】津村記久子(作家)

 タイトル通りの本だ。人間は、人間の心が分からなくなったり、失恋したり、でもギターはうまくなったり、アメリカに行ったり、研究者としてあの研究に絞っていれば今頃俺はと悔恨しつつ、教育者として学生と関わっている様子が楽しそうに見えたりする。岡ノ谷さんの人生は大学と食堂と失恋とギターの間をぐるぐる回っているだけのようでもあるのだが、その紆余曲折は無類におもしろい。

「人間の心が分からなかった」のに、岡ノ谷さんが出会った誰かから何かを受け取る力は強い。個人的には、大学のギター部の合宿で下戸が判明した岡ノ谷さんに、「飲めなければかぶれ!」と一見横暴なことを言った先輩が、実は岡ノ谷さんと同じように飲めなくて苦労していたという話や、マックス・ウェーバーを教えてくれた親友が、学生運動の挫折後に入ってきた統一教会系の原理研究会に引き込まれてしまった女子学生を脱洗脳するために政治と宗教の本を徹夜で勉強していた、という話の時代性とやるせなさがとても好きだった。

 先生たちもすばらしい。テストを早く終わらせてぼーっとしていると模型飛行機の雑誌を貸してくれた小五の時の先生が、仮説を立てることが研究だと教えてくれたり、ポスドクでさまよっていた時に迎えてくれた先生が、手堅い就職先ではなくあえて公募に挑戦することを勧めてくれたりする。そしてアメリカ時代の指導教員である巨漢のボブとの出会いの場面はニヤニヤせずには読めない。

 岡ノ谷さんが研究するジュウシマツは子育てがうまく、ほかの鳥の仮親になれるそうだ。元々の研究対象であったキンカチョウを育てるジュウシマツのほうが愛らしく感じるようになっていて研究対象に選んだという話は、本書の人間味を象徴している。心は分からなくても、読むと誰かといたくなる本だ。

※週刊ポスト2025年12月12日号

関連記事

トピックス

上原多香子の近影が友人らのSNSで投稿されていた(写真は本人のSNSより)
《茶髪で缶ビールを片手に》42歳となった上原多香子、沖縄移住から3年“活動休止状態”の現在「事務所のHPから個人のプロフィールは消えて…」
NEWSポストセブン
ラオス語を学習される愛子さま(2025年11月10日、写真/宮内庁提供)
《愛子さまご愛用の「レトロ可愛い」文房具が爆売れ》お誕生日で“やわらかピンク”ペンをお持ちに…「売り切れで買えない!」にメーカーが回答「出荷数は通常月の約10倍」
NEWSポストセブン
王子から被害を受けたジュフリー氏、若き日のアンドルー王子(時事通信フォト)
《10代少女らが被害に遭った“悪魔の館”写真公開》トランプ政権を悩ませる「エプスタイン事件」という亡霊と“黒い手帳”
NEWSポストセブン
「性的欲求を抑えられなかった」などと供述している団体職員・林信彦容疑者(53)
《保育園で女児に性的暴行疑い》〈(園児から)電話番号付きのチョコレートをもらった〉林信彦容疑者(53)が過去にしていた”ある発言”
NEWSポストセブン
『見えない死神』を上梓した東えりかさん(撮影:野崎慧嗣)
〈あなたの夫は、余命数週間〉原発不明がんで夫を亡くした書評家・東えりかさんが直面した「原因がわからない病」との闘い
NEWSポストセブン
テレ朝本社(共同通信社)
《テレビ朝日本社から転落》規制線とブルーシートで覆われた現場…テレ朝社員は「屋上には天気予報コーナーのスタッフらがいた時間帯だった」
NEWSポストセブン
62歳の誕生日を迎えられた皇后雅子さま(2025年12月3日、写真/宮内庁提供)
《愛子さまのラオスご訪問に「感謝いたします」》皇后雅子さま、62歳に ”お気に入りカラー”ライトブルーのセットアップで天皇陛下とリンクコーデ
NEWSポストセブン
竹内結子さんと中村獅童
《竹内結子さんとの愛息が20歳に…》再婚の中村獅童が家族揃ってテレビに出演、明かしていた揺れる胸中 “子どもたちにゆくゆくは説明したい”との思い
NEWSポストセブン
日本初の女性総理である高市早苗首相(AFP=時事)
《初出馬では“ミニスカ禁止”》高市早苗首相、「女を武器にしている」「体を売っても選挙に出たいか」批判を受けてもこだわった“自分流の華やかファッション”
NEWSポストセブン
「一般企業のスカウトマン」もトライアウトを受ける選手たちに熱視線
《ソニー生命、プルデンシャル生命も》プロ野球トライアウト会場に駆けつけた「一般企業のスカウトマン」 “戦力外選手”に声をかける理由
週刊ポスト
前橋市議会で退職が認められ、報道陣の取材に応じる小川晶市長(時事通信フォト)
《前橋・ラブホ通い詰め問題》「これは小川晶前市長の遺言」市幹部男性X氏が停職6か月で依願退職へ、市長選へ向け自民に危機感「いまも想像以上に小川さん支持が強い」
NEWSポストセブン
割れた窓ガラス
「『ドン!』といきなり大きく速い揺れ」「3.11より怖かった」青森震度6強でドンキは休業・ツリー散乱・バリバリに割れたガラス…取材班が見た「現地のリアル」【青森県東方沖地震】
NEWSポストセブン