連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第123回 “ベランダでオシッコ”をめぐる攻防」

 若年性認知症を患う兄の日常をサポートするライターのツガエマナミコさんは、心労の絶えない毎日を送っています。主なる悩みは、兄の排泄トラブル。ベランダでオシッコをしてしまったり、トイレではないところで便を出してしまったり…。そんな中、新型コロナウイルスに感染してしまったマナミコさん。症状は嗅覚障害でしたが、排泄物の臭いがしないことに、むしろ、このままでもいいのではないかと思ったのでした。むろん、嗅覚障害が出ていることがいいわけはなく…。しかし、それほどまでに悩みは深いのです。

 それでも「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

 * * *

「やれることはやった」…と

 コロナ感染で失われた嗅覚が戻ってまいりました。お出汁の香りはまだ分かりませんが、手洗い後の手に残る石鹸の匂いが分かるくらいまでには回復しております。

 と同時にお便さまの香りも分かるようになりまして、さっそく昨晩それを実感いたしました。深夜3時頃でしたか、トイレの扉を開けると床に明らかにお便さまを拭いたであろう痕跡が広がっておりました。ほぼ2週間ぶりとなる兄の粗相でございます。

 お便さまそのものはないものの、黄色く広がったシミをゴシゴシ拭きとっているとやはり匂いがありました。

「ああ、匂うってこういうことだったな」と少しノスタルジックな気分にひたりながら、床掃除を終えトイレ全体を見回すと、なんと次なるミッションを発見いたしました。12ロール入りのトイレットペーパーの物陰に何かが隠れていたのです。恐る恐る見ると、きれいに畳まれた兄のトランクスでした。もちろんお便さま付き。奇跡的に壁は汚れておらず、ホッとしながらお洗濯ミッションに勤しみました。

 深夜にこんなに水を流しては迷惑だと思いながらもやらずにいられず、水が茶色くならないくらいまでジャブジャブし、深夜の30分間の悪夢は終わりました。

 というわけでそこから熟睡できないまま朝を迎えたわたくしは、今日は完璧な寝不足でございます。

 かねてより、ベランダの排水溝でお尿さまをしている兄のことを憎らしく思い、かなりのストレスを抱えておりましたが、一応の納得と諦めを迎えたので、お知らせいたします。

 毎日排水溝に水を掛けたり、熱湯消毒などしてまいりましたが、「熱湯は排水管によくない」というご指摘をいただき、「そうなんだ!」と58歳にして学ばせていただきました。ありがとうございます。

「水洗いに勤しむしかないのね」と諦めながらも、納得ができないわたくしは、ある日、ベランダのサンダルや箒・ちりとりを排水溝が隠れるように集めてみました。

「これだけ邪魔ものがあったらどうするだろう」と実験してみたわけでございます。すると、それをきれいに横にずらして御用を足すではありませんか。「ほ、ほう。そうきたか」と思い、2~3日イタチゴッコをくりかえしたあと、次なる手を考えてみました。

 排水溝を塞ぐように立て掛けたちりとりに「オシッコはトイレで」と張り紙をしてみたのです。字が読めるか、理解できるかは賭けでしたが、なんとその日はベランダにお尿さまの痕跡がありませんでした。

「よしよし、効果あったぞ。こんな簡単なことでよかったのか」と喜んだのですが、それもつかの間、翌日には排水溝と反対側の端にお尿さまを発見いたしました。排水溝に向かって緩やかな長いストロークがあるので、お尿さまは中間付近で溜まるという思わずため息が出る結果になっておりました。

「なるほど、そうきたか」と、兄も策を練っていることを知り、「これならどうだ?」とこちらも張り紙付きのちりとりを移動させたり、生ゴミを保管する小ぶりのポリコンテナを立ち位置と思われる場所に置いたりしましたが、巧みにずらして狭い場所でやりぬく兄。敵ながらあっぱれです。

 結局、兄のベランダでオシッコは、わたくしの一人カラオケのようにやめられないものなのだ、と納得いたしました。

 先日、兄がデイサービスに行っている間に「オシッコはトイレで」の張り紙を捨てようと思ったとき、ふと思いつき、最後の試しに「ニコニコ顔」を描いてみようと思いました。一番シンプルなニコニコ顔のイラストを黒マジックで描きながら、文字よりも「見られている感」があって我ながら妙案だと自負し、その効果に期待いたしました。

 が、残念ながらそれも無駄でした。これ以上、この行為を止めようとすると掃除し難い場所への放尿を誘発してしまうかもしれず、水で流しやすい場所であるうちに折れるしかないと決断いたしました。「やれることはやった」そんな引退会見のような清々しい気分です。少なくとも今日は、ですが……。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

●兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第106回 アレの掃除ばかりで妹は泣いています】

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この記事へのみんなのコメント

  • どら

    いつも拝見しております。毎回ツガエさまのご苦労と言葉使いに感服しております。私は犬を飼っているので、ふと思ったのですが、排水溝にペットシーツを敷くことができれば、ペットシーツを片付けることで、掃除が少し楽になるのではないかと思いました。ベランダの様子がよくわからないので、適当ですいません。少しでも楽になられますように。

  • みかん

    ツガエさまの連載当初から拝見させていただいていました読者の一人です。 本当によくやってこられたと思います。 夫婦ならまだしも、兄妹という関係ですし、ここまで認知症が進んでいて、でも施設にお願いできず、自宅で一緒に暮らすしかないというのは 精神的ストレスはいかばかりかと・・お察しいたします。 私の場合は高齢の義父の介護を、自宅と行ったり来たりしながら見ておりましたが、やはり顔を見るのも嫌になるようなこともしばしばありました。 トイレのタオルに便を拭いた後がついていたことが何度もあったり、紙オムツを普通のパンツと勘違いして水に漬けたり、使用済みの紙オムツを変な場所に置いていたり・・そのあたりで、限界を感じてしまい、申し訳ないけど施設に入ってもらいました。 (あの手この手で試行錯誤しましたが、ストレスの溜まる毎日でした。) それに比べても、お兄様の場合はもっと重い症状でいらっしゃいます。 オシッコ・ウン○の後始末は、どんなに大変なことか。。 ベランダでのオシッコの件は、他の方も書いておられますが、窓に補助鍵を取り付けるのはいかがでしょうか? 物理的に、できないようにするしかないかと感じます。 認知症の人は、同じミスを繰り返す癖があるのですよね、なんとか食い止められたらいいですね。 脱衣場のウン○の件は、思い切って脱衣場にポータブルトイレを置いてしまうのはどうでしょうか?調べたらお手頃価格のものもあるようです。 確かに後始末はしないといけないけど、お兄様には、ベランダでオシッコする癖、脱衣場でウン○する癖が出来上がってしまっているみたいなので(汗) 変な場所でされるよりは、ポータブルトイレでしてもらえる方が精神的には楽なのかなと感じました。 ニオイについては、鼻にクリップか、防臭マスクあたりはどうでしょうか? 長々と書いてしまいましたが、ツガエさんが少しでも楽になられますようにと・ ・ 介護うつ等の心配もあります。 色んな方に相談されたら、何か手があるかもしれませんし、どうぞ一人で抱えこんでペシャンコになられませんように、、 心から応援しております☆彡

  • 匿名くん

    お兄さんの頭の中で何か不都合が複合的に生じてベランダで粗相してしまうのでしょうね。専門家ではないのでわかりませんが常同行動というものかな、と思いました。これだけ工夫をしても効果が無い、あれこれ心配する一方だから前回の連載にありましたが、お兄さんに関わるのが嫌になってしまったのですよね。しかし、ごめんなさい。キツいことを書いてしまいますが、今までの連載を拝読したところ、マンションの未払いなど、先延ばしにしたため大変なことになったパターンが多いような気がします。もちろんお忙しくてやむを得なかったり、そこまで酷い病状だと気づかなかったのは理解します。相談できる人もいなくてお仕事を抱えながら、一人で大変だったことでしょう。でも、これからは問題に飲み込まれるのでなく、逆に問題を追いかけて潰していくようにしたほうが結果的に楽なのではないかと思いました。お兄さんのことを見るのも話すのも嫌でしょうけど、ケアマネさんに現状を伝えることにより介護度の区分変更に繋がるかもしれません。そうすれば使えるサービスも増えます。直接何を手伝えるわけでもなく、お兄さんを家に引きとれるわけでもありませんが、沢山の読者が見守っています。どうかお身体、お心大切になさってくださいね。

  • おーちゃん

    ツガエさんの大変さは本当によくわかります。 しかし、ベランダでの放尿は集合住宅住まいを考えるとやはりなんとかしてやめて貰えたらと思います。 見当識障害が出ているのかな、とも思うのですが、こちら素人ですのでなんとも。 前回の記事にあった、「変わったことはありませんか?」と聞かれた時には今自分が困っている事、お兄さんの言動で変化があったこと等、認知症だと言われようが伝えた方が良いと思います。 コーヒーが淹れられなくなったことも、電気の消し忘れが増えたことも、「認知症のなせる業」だとわかっているけど、まずは口に出して他者に伝えてほしいです。 ケアマネさんにも実際に困っていること、お兄さんの小さな変化等、素直にどんどんメールでもいいので伝えたほうが現状を理解してもらいやすいと思います。 ①トイレのドアに「トイレ」「便所」と書いた紙を張る (もしかしたらもう文字では理解できないのかもしれないので、トイレマーク・ピクトグラムを描く方が効果的かも) ②居間への入り口ドアに「トイレ(絵)は→→」という張り紙をする ③ツガエさんが時間を決めてお兄さんをトイレに誘導する・排尿を促す ④お兄さんがいつも放尿をする場所にペット用トイレシートを置く ⑤ベランダへのドアにサッシ用の補助鍵をつける←つける位置によって窓も開けられますし、二個三個と取り付けることができます。 既に実行していることであればすみません。

  • ポコ

    お疲れさまです。 放尿場所に放尿用のバケツを置いてしまうのはどうでしょうか? バケツの中に目標になる印を描いて

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