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考察『日本沈没―希望のひと―』田所が語った「止められるのはいましかない」の重み、そして希望

 TBS「日曜劇場」をさまざまなテーマで考察する隔週連載。12日に最終回を迎えた小栗旬主演『日本沈没―希望のひと―』を、ドラマと昭和史に詳しいライター・近藤正高さんがじっくり振り返ります。令和版『日本沈没』が最後に見せた希望とは? 

あまりに多くの人を殺してしまった

 日曜劇場で10月から放送されてきた『日本沈没―希望のひと―』が12月12日についに最終回を迎えた。

 田所博士(香川照之)の予測どおり、最後には日本列島は沈没していくのだが、それでも希望を残したラストとなっていた。そのためにちょっと無理があるのではないかと感じさせる点もなかったではない。たとえば、関東脱出のため入間基地から主人公の天海(小栗旬)ら政府関係者を乗せた自衛隊機が飛び立つタイミングで沈没が始まったシーンでは、滑走路がこんな状態でも飛行機は離陸できるのだろうか……と、つい思ってしまった。

 さらに、本州と四国の沈没後、北海道と九州を残して急に地殻変動が収まると、田所が沈没は止まったと伝え、天海たちを安堵させる。だが、ドラマの前半で関東沈没が最小限にとどまったあと、田所はもうこれ以上沈没することはないと宣言しながらも結局覆されたことを思えば、そう簡単に信じてしまっていいのかとも思った。

 まあ、そもそも日本沈没など現実にはありえない(少なくともあんなに急速に地殻変動が進むことはない)のだから、こんな粗探しにはあまり意味はないだろう。大事なのは2点、このドラマは何を伝えようとしたのかということと、実際にそれを伝えることができたかということだと思う。

 小松左京の原作小説(1973年)では、日本沈没に対して政府はほとんどなすすべがなく、国外に脱出できた国民も一部にとどまった。小松は小説を発表後、物語の上とはいえ日本沈没であまりに多くの人を殺してしまったと落ち込んだという(小松実盛「解説」、『日本沈没 決定版』文春e-Books)。それもあってか、のちに脚本・ノベライズを手がけた映画『さよならジュピター』(1984年)は、地球に接近するブラックホールに人類が力を合わせて対抗する内容になった。

 映画監督の樋口真嗣は2006年に『日本沈没』を新たに映画化するに際し、小松さんは『さよならジュピター』以降、運命に対して人間にはもっとできることがあるという考えに変わったのではないかと、本人に話したところ、「映画は君の好きなようにやればいい」と言われたという(『週刊ポスト』2021年2月5日号)。今回の『日本沈没―希望のひと―』も、2006年の映画版『日本沈没』での趣向替えを踏襲したといえる。

感染症の問題を投入ししたつくり手の意欲

 2時間超となった最終話では、列島沈没を前にようやく全国民の各国への移民計画が端緒に就いた矢先、東山首相(仲村トオル)がテロに襲われたところから始まった。東山は一緒にいた世良元教授(國村隼)がとっさにかばってくれたおかげで九死に一生を得る。ただ、しばらくは安静が必要なので副総理の里城(石橋蓮司)が首相代行となって移住計画を進めることになった。天海たち日本未来推進会議の官僚たちも、知恵を出し合いながら各国と交渉を進め、移民受け入れ人数は徐々に増えていく。

 やがて抽選により移民先の決まった人たちの出国が始まるなか、国民のなかにはまだ移民に躊躇する人たちも少なからず存在した。天海の郷里にいる母・佳恵(風吹ジュン)もその1人だった。町の人たちと一緒に最後をすごしたいという母の気持ちを知ると、天海は町ぐるみで移民できる策を実現し、これによって移民要請は格段に増えることになる。

 しかし、全国民の移住受け入れまであと一歩というところで、思いがけない事態が起こる。日本海側の地域で発生した感染症が、病原菌の変異株により薬が効かず、死者が出始めたのだ。やがて世界中に感染が広がり、日本人移民が感染源として疑われ、各国で移民の受け入れが停止されてしまった。一刻の猶予も許されない状況にあって、天海たちはまたしても壁に阻まれたのである。

 それでも官民一体となって打開策を追求した結果、日本製の薬品を複合投与することで治療が可能だと判明する。それを踏まえて、公務に復帰した東山が世界環境会議において、各国に対し治療薬の製造方法を公表すると約束、その上で移民受け入れを頼み込んだのだった。

 画面に登場した変異株がいかにも悪そうな面構え(?)をしていたのには、シリアスなシーンにもかかわらず、つい吹き出してしまった。それと同時にドラマと現実のシンクロにも驚かされた。ちょうど最終話放送の前週の11月末には、各国で新たな変異株の感染者が確認されたのにともない、日本政府は外国人の新規入国を当面1か月間は中止する措置をとっていたからだ。日本沈没という現実にはありえない出来事を描きながらも、終わりがけにいままさに世界が直面している感染症の問題を投入してきたことに、つくり手の意欲を感じる。

 そもそもこのドラマは全編を通して現在進行中の環境問題を大きなテーマとしてとりあげてきた。変異株が現れた原因も、地球温暖化により北極圏の永久凍土が溶け出し、氷漬けになっていた病原菌が大気中に放出されたことにあった。これも現在、実際に危惧されていることである。

『日本沈没』と『ゴジラ』

 地球規模での環境問題に対するメッセージは、ラストシーンでの田所と天海の会話に集約されていた。

田所「人間はこの地球があるからこそ生きていられる。みーんなそのことを忘れてしまっている。私との約束を覚えているかね」
天海「覚えてますよ。温暖化の被災国である日本の一人として地球の危機を世界に訴えていかねばならない……」
田所「止められるのはいましかないぞ。それができなければ間違いなく地球は終わる」
天海「わかっています。その未来は僕ら一人ひとりの手にかかっている」

 このうち田所の「止められるのはいましかない」と警鐘を鳴らすセリフから、私はある作品のラストシーンを思い出した。ある作品とは1954年公開の映画『ゴジラ』だ。そのラストシーンでは、東京を襲った怪獣・ゴジラを海底に葬り去ったあと、志村喬演じる山根博士が「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。もし、水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類が、また世界のどこかへ現れてくるかもしれない」とつぶやく。

『ゴジラ』がつくられるきっかけには、南太平洋のビキニ環礁でのアメリカによる水爆実験で日本の漁船が「死の灰」を浴びるという事件があった。ここからゴジラは水爆実験から太古の眠りから覚めるという設定が生まれた。山根博士のセリフもこれを踏まえてのものであり、強い反核へのメッセージが込められていた。水爆実験と温暖化と抱える問題はそれぞれ異なるとはいえ、山根・田所の両博士は「止められるのはいましかない」という思いで一致する。

 不思議なことに、『日本沈没』と『ゴジラ』は人的にも重なるところが少なくない。まず、『ゴジラ』を企画した東宝のプロデューサーの田中友幸は、その19年後の1973年、『日本沈没』の最初の映画を手がけている。さらにそのリメイクとなる2006年の映画『日本沈没』を撮った前出の樋口真嗣監督はその10年後、庵野秀明総監督とともに『シン・ゴジラ』を制作した。『シン・ゴジラ』は、リアルな政府の描写などが『日本沈没』を彷彿させるとも評された。それで行けば、今回の『日本沈没―希望のひと―』に出てきた天海らの未来推進会議は、『シン・ゴジラ』のなかでゴジラに対抗すべく若手官僚によって組織された「巨対災(巨大不明生物特設災害対策本部)」も念頭にして生まれたものではないだろうか。

 今回のドラマで主演を務めた小栗旬も『ゴジラ』とは縁があり、今年公開されたハリウッド映画『ゴジラvsコング』に芹沢蓮という科学者の役で出演している。芹沢蓮は、ハリウッド版ゴジラ映画『GODZILLA ゴジラ』(2014年)と『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(2019年)に登場する科学者・芹沢猪四郎の息子という設定だ。猪四郎を演じたのは渡辺謙である。その渡辺の娘が、小栗と『日本沈没』で共演した杏というのも偶然なのか、それとも意図したものなのか。

 杏演じる記者の椎名と天海の関係も、最後までどうなるかと目が離せなかったが、結局、恋人というよりは同志のような仲で今後も続いていく予感を抱かせた。互いに自立しながら、一方がつらい境遇に置かれたときは寄り添う、そんな2人の関係が新鮮だった。

日曜劇場の海外展開

『日本沈没―希望のひと―』は温暖化ばかりでなく、震災や原発事故など現在の日本が抱えるさまざまな問題を反映したと思われる部分も多々あった。何も日本が沈まなくても、突然、居場所を失ったり、愛する人と離れ離れになったりする可能性は誰にでもある。そのことを日本人はこの10年で何度となく痛感したはずである。コロナ禍ではさらに日常的な交流が絶たれ、孤立した人もたくさんいただろう。半世紀近くも前の作品である『日本沈没』は、こうした現在の危機を反映させることで新たに生まれ変わった。そのことに素直に拍手を送りたいと思う。

 今回の『日本沈没』は、TBSのドラマでは初めてNetflixで全世界に配信された。さらに日曜劇場の次作『DCU~手錠を持ったダイバー~』はTBSとハリウッドの大手制作会社との共同制作となる。ここへ来て、老舗のドラマ枠である日曜劇場が本格的に海外展開を始めたのは興味深い。果たしてほかの国の人たちの目には『日本沈没』をどんなふうに映るのだろうか。今後の日曜劇場のドラマのあり方を占う意味でも、配信を通じての世界の反応は気になるところである。

 日曜劇場が「東芝日曜劇場」としてスタートしてからこの12月で65年を迎えた。現在のような連続ドラマ枠になってからもすでに28年が経つ。その間、テレビ自体もそれを取り巻く状況も大きく変わった。それでも日曜劇場にはスタート以来一貫したものがあるはずだと思い、始めたのがこの連載である。その意図はまだ達成されたとはいえないが、ひとまず今回をもって一区切りをつけたい。これまで読んでくださった皆さんに改めて御礼を申し上げます。

※この回をもって当連載は休止します、ご愛読ありがとうございました。新年からは、近藤正高さんの『鎌倉殿の13人』(NHK大河ドラマ)解説レビューが始まります、お楽しみに!

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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