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「UR」の住み心地は? 88才と84才の夫婦が「良い点しか思いつかない」と語る高齢者向け賃貸住宅

「シニア期の住まいの準備は、65才までにしておきたい」と語る住宅ジャーナリストの中島早苗さんと一緒に、“終の棲家を考える”シリーズ。今回は、いわゆる「公団」と呼ばれてきた集合住宅、現在の「UR」についてだ。かつてURの賃貸住宅で暮らした経験があるという中島さんだが、当時の住み心地を振り返りつつ、現在、実際にURシニア向け賃貸住宅に住む人に取材したレポートをお届けする。

日本で最初の鉄筋コンクリート集合住宅はどこか?

 日本では団地と呼ばれる、集合住宅の集合体が各地で見られますが、そもそも最初に造られた鉄筋コンクリートの集合住宅は、どこにあるかご存じでしょうか。

 それは世界遺産にも登録されているあの島、長崎県の「軍艦島」にあるのです。

 明治から石炭採掘のために集まった、最大で5千人台もの人口を納めるために、鉄筋コンクリート造りの高層集合住宅が次々と建設されました。その最古のものが、1916(大正5)年に完成した、地下1階地上7階の30号棟です。余談ですが、特に廃墟フリークでもない筆者も、日本で最初の鉄筋コンクリート造りの集合住宅と聞いてからは、軍艦島の30号棟をはじめとする建物群を、一度は見ておきたいと思うようになりました。

 主に国や地方公共団体などが出資して造ってきたいわゆる団地ですが、代名詞といえるのが、現在のUR都市機構(以下、UR)による集合住宅群です。

 URの歴史を遡ってみましょう。1955(昭和30)年、戦後の住宅難を解消し、中産階級に良質な住宅を供給する目的で、国の住宅政策の一環として公的資金を投入した「日本住宅公団」として発足します。その第1号は56年に完成した大阪堺市にある金岡団地で、900戸全てが2DK。ダイニングキッチン、ステンレス製流し台、シリンダー錠、洋式トイレといった最新の住宅設備が取り入れられました。

 現在URに引き継がれた法人は、UR賃貸住宅の管理なども行っており、高齢者や障がいのある方も暮らしやすくリノベーションするなど、これからの社会に対応した工夫や、新しい取り組みを行っています。

 今回はそんな日本の団地の代名詞、URの集合住宅について、筆者自身が住んだ感想と、現在、高齢者向け賃貸住宅に住んでいる一組の夫婦の話を紹介したいと思います。

筆者がUR住宅を住まいに選んだ理由

 私が5年前まで8年間住んだのは、東京23区内南部の街。JRと私鉄の両方が使える最寄り駅から徒歩5分という、大変便利な場所にある、当時築約35年のUR賃貸住宅でした。

 住まいを決めるに当たり、同駅周辺で何軒も不動産屋さんを回って、10数軒かそれ以上の数の部屋を案内してもらいました。そのURは築年数が古いせいか、民間の賃貸住宅に比べて3割程度家賃が安かったことが魅力で、住むことを決めました。

 割安なのは月々の家賃だけではありません。住む人にとってのURの最大のメリットは、礼金と仲介手数料がない点。URと直接契約となるため、保証人、家賃保証会社の利用料も必要なく、保証金も不要です。つまり、契約時の初期費用がその他の一般的な賃貸住宅よりも少なく済むのです。契約時に支払うのは2か月分の敷金(退去時に原状回復の修理費負担額を除いて返還される)、日割り計算された家賃と共益費のみ。さらに、更新料も不要です。

 住んでいたのは4階の約50㎡の部屋で、家賃は共益費込みで11万円程。600戸以上もあるそのURでは、順番に部屋がリフォームされており、私たちが借りた部屋も水回り設備や間仕切りなどが更新され、内装は築35年には見えませんでした。

 しかし、窓のサッシや壁の厚さ、防音性能などは建築当時のままで、窓は冬結露し、隣や上階の音が響くなど、不便な部分もありました。結局、上階に新しく住むようになった人が朝から晩まで立てる物音に耐え切れなくなり、引っ越しました。便利な立地と割安な家賃は良かったのですが、古い建物ならではのデメリットもあったというわけです。

 では、URの高齢者向け住宅の住み心地はどうなのでしょう。

高齢者向けのUR賃貸住宅の住み心地は?

 ホームページを見るとわかる通り、URでは設備や入居条件などが異なる、数種類の高齢者向け住宅があります。

https://www.ur-net.go.jp/chintai/whats/system/eldery/

 今回は、主に自立できている高齢者向けの「URシニア賃貸住宅」に住む夫婦Sさんの娘、Kさんに話を聞くことができました。

 Sさん夫婦が住んでいるのは60㎡の部屋で、共益費込みの家賃は約13万円。もともと地方の一軒家に住んでいましたが、管理が大変なことと、暮らしをコンパクトにしたいという希望から、Kさんの妹の家にほど近い土地の賃貸マンションに引っ越して来ました。

 そこで4年間暮らしながら、施設入居も視野に入れて次の住まいを探し、URの高齢者用賃貸住宅に入居を決めたということです。

 Kさんは話します。

「父は88才、母は84才、現在のURに住んで5年目です。引っ越した当初は2人とも自立でしたが、現在母は要介護1、父は要支援1に認定されています。このURの高齢者住宅は、バリアフリー、床暖房、暖房機付きバスルームなど、高齢者が暮らしやすい工夫が随所にあり、その割には民間の高齢者住宅より家賃が割安です。

 加えて、最寄り駅から徒歩5分、徒歩圏内に大型スーパーやコンビニがあり、便利な立地ながら周辺は緑も多く、父がまだ足腰がしっかりしていた頃は、連日のんびり散歩が楽しめるほど恵まれた環境です。現在、母の体調があまり良くないので、私もほぼ毎週末通っていますが、交通の便が良く、すぐに買い物ができるので助かっています。

 雪深い地方の持ち家を手放したときは寂しそうでしたが、いざ今のURで暮らしてみると、気密性の高さと床暖房で部屋が暖かく、病気で手足が冷えがちな母はとても喜んでいます。家のベランダは南向きで眺望も良く、結果的にここに移ってきて正解だったと話しています」

 私が暮らした築35年のURと違い、Sさん夫婦が住むシニア向け賃貸住宅は新しく、部屋全体の温熱環境がある程度均一に保たれ、高齢者にとって危険なヒートショックの心配も少ないかもしれません。

 また、高齢者住宅のため、共有スペースやサークル活動などがあることも助かっているそうです。

「共有スペースには事務局の人が複数常駐しています。緊急時にすぐに相談できる場所があるのは心強いです。サークル活動も盛んで、父は現在も趣味を楽しみに、母も元気だった頃は一緒に参加していました。映画上映会、音楽鑑賞会が定期的に開催されて、フレイル予防体操教室も行われています。コロナ禍でイベントは少し減りましたが、食事会などもあり、お友だちもできたようです。最近は、野菜の販売会もあります」(Kさん)

100年ライフが現実になった今、備えるべきこと

 このように現在は「良い点しか思いつかない」と、満足して暮らしているSさん夫婦ですが、心配なこともあります。要介護度が上がってきていることや、毎月の赤字補てんのために、貯蓄が減り続けているという現実です。

「父母ともできるだけ長く住みたいと希望していますが、母の要介護度が上がってきているため、介護施設入居を検討する日は近いと思います。母が施設に入ったら、その施設費と、父の現在の住居費両方を支払うことは経済的に難しいので、父も施設に入ることになると思います。夫婦2人部屋はほとんど空きがないので、1人部屋を2部屋申し込むか、父母別のところにするかは、状況次第となりそうです。

 もう一つの問題は、この先のお金のことです。実は2人の年金だけでは、家賃など含めた生活費は毎月赤字です。赤字分は貯蓄を崩していますが、母の医療費や介護費用も思ったよりかかっているため、今の計算ではあと10年、あるいはもっと早い段階で、お金が底をついてしまうようです。父は人生プランを考えるのが好きで、よくエクセルの表にまとめているのですが、そもそも自分の寿命は85才位だと思って計画を立てていたらしいのです」(Kさん)

 Sさん夫婦の実態は、他人事ではありません。Sさん世代では、「まさか自分が90才を超して生きるとは思わなかった」という人も多いのではないでしょうか。しかし、数々のデータを見ても、100年ライフは神話ではなく、現実として近づいてきていることがわかります。

 体が動くプレシニア期までに、家計を見直し、いざという時はなるべくリーズナブルに入れる高齢者住宅や施設を事前リサーチするなど、将来に備えることが必要になります。

(余録)厚生労働省のHPに「社会保障教育のワークシート」というページがあり、中に高校生向けだという「年金教材10個の10分間講座」として、10項目のクイズが載っています。要は年金をしっかり納めましょう、というオチなので、好き嫌いはあると思いますが、「65才で退職、95才まで生きた場合の生活費は?」などの興味深い数字のデータも載っています。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/nennkinn10_1.pdf

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文/中島早苗(なかじま・さなえ)

住宅ジャーナリスト・編集者・ライター。1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に約15年在籍し、住宅雑誌『モダンリビング』ほか、『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て、2002年独立。2016~2020年東京新聞シニア向け月刊情報紙『暮らすめいと』編集長。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(以上PHP研究所)、『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。300軒以上の国内外の住宅取材実績がある。

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