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『鎌倉殿の13人』9話「顔、顔!顔そっくり!」義経(菅田将暉)を抱きしめ、頼朝(大泉洋)が流した涙の意味

 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』9話。頼朝(大泉洋)と義経(菅田将暉)の邂逅。人間関係において打算的な印象の強い頼朝が、義経を抱きしめた時に流した涙の意味は? 源平合戦緒戦「富士川の戦い」の名場面が三谷幸喜の新しい解釈で描かれた「決戦前夜」(副題)の回を、歴史とドラマに詳しいライター、近藤正高さんが振り返りながら解説します。

義時(小栗旬)「八重は頼朝には渡さない、自分が守る」

『鎌倉殿の13人』第9回では、富士川の合戦、そして黄瀬川での源頼朝・義経兄弟の対面と、源平合戦の緒戦における名場面が描かれた。

 義経との対面シーンでは、頼朝がおそらくこのドラマが始まって以来初めて涙を見せた。しかし、このときの彼の涙は血を分けた弟と出会えたことへの感慨ばかりでなく、さまざまな思いから出たもののように思われる。その意味については、あとでじっくり考えてみたい。

 第9回の冒頭では、挙兵後初めて鎌倉に入った頼朝(大泉洋)が、かつての自分の監視役である伊東祐親(浅野和之)を捕らえるよう、和田義盛(横田栄司)や畠山重忠(中川大志)たちに命じた。それを知った北条義時(小栗旬)と三浦義村(山本耕史)は、敵とはいえ祖父である祐親を救い出すべく、義盛らに先んじて伊東の館に入った。

 伊東の館では八重(新垣結衣)が、父・祐親の命を受けた夫の江間次郎(芹澤興人)に殺されようとしていたが、次郎はすんでのところで自分にはできないと断念、彼女を逃がそうとする。八重はそんな次郎に手を差し伸べ、一緒に逃げようと誘うのだが、そこへ下人の善児(梶原善)が現れ、次郎をあっさり殺してしまう。

 一方、祐親は頼朝への降伏を頑なに拒み、館に立て籠って討ち死にするつもりであった。そんな祖父を義時と義村は必死になって説得する。さらに八重も駆けつけ、あなたにはこのまま生きて、自分が殺させた千鶴丸(八重と頼朝の子)の菩提を弔っていただくと訴えた。だが、祐親は、八重を頼朝に渡すまいと彼女を手にかけようとする。これに義時が刀を持って応戦し、八重は頼朝には渡さない、自分が守るのだと言い聞かせ、ようやく祐親を鎮めた。

 こうして祐親は頼朝の軍門に下った。ドラマの第1回で描かれたように、つい5年前には八重との関係を知って頼朝を殺そうとした祐親の立場が、すっかり逆転してしまったことになる。しかし、義時や政子(小池栄子)が命だけは助けてくれるよう頼朝に頼み込んだおかげで、祐親の身柄はひとまず三浦に預けられた。

 八重は八重で、頼朝が大願を成就させるまでそばで見ていたいと、自分を侍女として鎌倉の御所に置いてほしいと申し出た。八重は頼朝の前妻だけに、当然ながら現妻の政子は認めようとしない。しかし、妹の実衣(宮澤エマ)が、むしろ近くに置いていたほうが安心ではと口を挟み、また、くりや=厨(台所)で働いてもらうなら頼朝に会うこともないという義時のとりなしもあり、政子もしぶしぶ受け容れるにいたる。

小ずるい役がハマる八嶋智人

 そうこうしているあいだに、京から平維盛(濱正悟)を総大将とする平家の本軍が、頼朝を討つべく京から東に向かっていた。そのさなか、甲斐に使いに出ていた北条時政(坂東彌十郎)が鎌倉に戻る。時政は甲斐の武田信義(八嶋智人)から頼朝軍に加勢する約束を取り付けたが、肝心の信義は、鎌倉にいる頼朝のもとには参上しないまま、駿河に行ってしまったという。その上、信義は黄瀬川に敷いた陣で頼朝を待っているというのだから、源氏の棟梁たる頼朝としては面目丸潰れであった。

 それからというもの、頼朝は信義に振り回されることになる。信義に従う気などさらさらない彼は、平家軍が陣を置いた富士川へ向かう途中に立ち寄る格好で、信義の陣を訪ねた。しかし、信義のほうが一枚上手で、酒席を用意したと頼朝を誘うと、あとから偵察に来た時政にもしこたま飲ませて、すっかり酔わせてしまう。

 信義は頼朝たちが酔いつぶれた隙に、武田軍だけで富士川まで出陣し、夜のうちに一気に平家軍を討ってしまおうという策略であった。すでにその直前には平家軍が頼ろうとしていた駿河の目代(役人)を殺して、敵の士気を下げるという手も打っていた。信義に扮する八嶋智人は、トレードマークの眼鏡を外しての出演ながら、こういう小ずるい役がじつにハマる。

 信義に出し抜かれたと気づいた頼朝は、あとを追おうとしたが、すぐに武田は功を焦っているのだと察し、つられて動いても混乱するだけと判断して、ここは夜明けまで待つと決めた。あいかわらずの慎重さである。

孤立する頼朝

 富士川の戦いでは、『平家物語』などで伝えられるとおり、平家軍は水鳥の群れが川から飛び立つ音を敵の夜襲と勘違いして一目散に逃げ出し、信義・頼朝両軍はほぼ無傷で勝利を得たとされる。それが『鎌倉殿』では、頼朝より一足先に富士川で平家軍と対峙した時政が、親友の三浦義澄(佐藤B作)からその責任感のなさを叱責されるうち、彼を思わず川に突き飛ばしたために水鳥が一斉に飛び立ったというふうに潤色されていた。

 頼朝としてみれば棚ぼたでの勝利であったが、いまこそ攻めどきと、さらに平家を追って京に向かうつもりだった。しかし、味方の坂東武者たちはその意に反して、それぞれ自分たちの所領(領地)へ戻ろうと帰り支度を始める。戦が長引き、また折からの飢饉も響いて、すでに兵糧が底を突こうとしていたためだ。それに、彼らとしては所領を守るために頼朝に加勢したのであって、平家追討はあくまで二の次であった。義時がもっとも頼りにしていた上総広常(佐藤浩市)も、隣国・常陸の佐竹が自領に攻め込んでくる気配があるので、一刻も早く戻りたいと言って離脱してしまう。

 平家打倒のため共に立ち上がりながら、頼朝と坂東武者の目的はまるで違ったわけである。坂東武者の助けが得られない以上、頼朝も鎌倉に戻らざるをえなかった。頼朝はこのとき、いつもは頼りない時政からも「佐殿は所領をお持ちにならねえんでわからねえんだ」と厳しく諭された上、さらには頼みの綱の義時にも「おまえはわしと坂東ならどちらを取る?」と訊いて口ごもられ、自分の孤独さを改めて思い知る。

 このドラマの“原作”『吾妻鏡』の治承4年(1180)10月21日のくだりでは、頼朝は平維盛を追って攻めるため、兵士たちに京に向かうよう命じたものの、千葉常胤・三浦義澄・上総広常らから、まず東国を平定してから西国に向かうべきだと諫められたので、従ったと記されている。それを『鎌倉殿』では、常胤・義澄・広常がおのおの所領へと散っていくさまを描くことで、孤立する頼朝の姿を際立たせていた。

義経との再会、頼朝の涙の意味

 そこへ現れたのが義経(菅田将暉)である。とはいえ、兄上が挙兵したと聞いて奥州から馳せ参じたと言われても、それまで弟たちと長らく別々に生きてきた頼朝には彼が義経だと確かめる術などなかった。このとき居合わせた義時から兄弟である証拠を問われ、義経は「顔、顔! 顔そっくり!」と答えるが、どう見ても頼朝とは似ても似つかない。だが、半信半疑だった頼朝も、義経が奥州の藤原秀衡から預かってきた書状を一読して、ようやく弟だと確信する。ダメ押しで「兄上のためにこの命、捧げます!」と誓う義経を、頼朝は思わず抱きしめると、「よう来てくれた!」と号泣しながら繰り返すのだった。

 というわけで、記事冒頭の予告どおり、このときの頼朝の涙の意味を考えてみたい。『吾妻鏡』によれば、頼朝はこれより前、やはり弟の阿野全成(『鎌倉殿』では新納慎也が演じている)が京から馳せ参じたときにも、その志に涙ながらに感謝したという。それ以外にも『吾妻鏡』には、頼朝の涙もろく情け深い人柄をうかがわせる記述が少なくない。

 しかし、このドラマに限っていえば、頼朝は自分の味方につけるためなら、たとえ本心でなくとも「そなたしかいない」「そなたを父と思おうぞ」などと言っては他人を抱きしめることが平気でできる人物だ。おそらく彼は、長きにわたる流人生活で、周囲から敬して遠ざけるような扱いをされるうち、他人を心の底から信じることができなくなったのだろう。自分の心をいくらでも偽れるのも、その裏返しといえる。そう考えると、頼朝は寂しい人である。その彼が義経との面会では本気で泣いた。これはやはりただごとではない。

 頼朝からすれば、義経が現れたのは絶妙のタイミングであった。何しろ、味方だと思っていた坂東武者たちが一斉に離れていってしまい、孤独感に襲われた矢先のことである。そこへ遠路はるばる援軍を率いてやって来た弟の存在は、頼朝の心にぽっかり開いた穴を埋めてくれたはずだ。その嬉しさが涙となって表れたのだろう。

 ただ、だとすれば、頼朝は、義経が自分の心を満たす存在でなくなったとき、どんな扱いをするのか、おのずと想像がつくというもの。というか、このあと義経のたどる運命はよく知られるところだ。その誰もが知る義経の物語を、果たして三谷幸喜はどんなふうに料理して見せてくれるのだろうか。そんな楽しみを残しつつ、頼朝は平家との戦いをいったん休止し、東国の地盤固めに入ろうとしている。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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