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『ずっとあなたが好きだった』冬彦さんの「ムゥ~~」は『半沢直樹』顔相撲のルーツか

「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月は、ドラマと昭和史に詳しいライター・近藤正高さんが『ずっとあなたが好きだった』(Paraviなどで配信中)を取り上げ、『半沢直樹』との意外なつながりを考察し、一大ブームとなった冬彦さんを演じた佐野史郎の本格復帰を祈ります。

主人公は賀来千香子演じる西田美和

 いまから30年前、1992年の新語・流行語大賞では、この年100歳を迎えた双子姉妹の「きんさん・ぎんさん」が大賞に選ばれたほか、流行語部門・金賞を「冬彦さん」が受賞した。「冬彦さん」とは、この年、TBS系で放送されたドラマ『ずっとあなたが好きだった』で佐野史郎が演じた役名である。

 冬彦さんこと桂田冬彦は東大卒で大手銀行に勤めるエリートサラリーマンながら、そのマザコンぶりや数々の異常行動から世間の話題をさらった。放送当時、ドラマを見ていなかった私も、冬彦の存在は知っていたから、社会現象になっていたのはたしかだ。

 冬彦ばかりが語られがちだが、『ずっとあなたが好きだった』の主人公は賀来千香子演じる西田美和である。美和は、郷里の仙台で和菓子屋を営む父・常雄(橋爪功)の強い勧めで冬彦と見合いをし、ほとんど交際もしないまま第1話のうちに結婚する。だが、これと前後してかつての恋人・大岩洋介(布施博)と再会したことから、運命の歯車が狂い出す。

異常なまでに束縛しようとする冬彦(佐野史郎)と姑(野際陽子)

 美和は高校時代、ラグビー部のスター選手だった同級生の洋介と付き合いながら、ある事件が原因で父親に別れさせられていた。早々に結婚したのには、洋介への未練を振り切るという意味もあったのだろう。だが、冬彦は結婚したとたん、美和のやることに何かにつけてクレームをつけるようになる。しかも夜には彼女と一緒に寝ることを頑なに拒む。悩んだ美和は、親友の知子(中村久美)の助言で意を決して自分から求めるも、潔癖な冬彦にはまったくの逆効果で、淫乱呼ばわりされてしまう。

 偶然にも夫婦の家の近所には洋介が住んでおり(とは都合よすぎる設定だが)、美和と交流が復活する。もっとも、洋介には勤務先のラグビー部のマネージャーの律子(宮崎ますみ=現・宮崎萬純)という恋人がおり、美和と一線を超えることはなかった。だが、二人の仲を知った冬彦は激しく嫉妬し、美和たちをひそかに付け回すようになる。

 異常なまでに束縛しようとする冬彦と姑の悦子(野際陽子)に、美和はついにたまりかねて家を飛び出し、自活を始めた。だが、冬彦母子は彼女を何としてでも連れ戻そうとする。この流れから洋介と頻繁に会うようになっていたことが、さらに冬彦たちの行動をエスカレートさせた。悦子の働きかけで裁判に持ち込まれ、家庭裁判所に呼ばれた美和は、弁護士たちから夫との性生活について洗いざらい訊かれて心を傷つけられる。

 この間、冬彦は仕事での不正取引により多額の損失を出し、悦子に黙って銀行を辞めてしまう。これを機に、それまで甘えっぱなしだった母親からの自立を決意し、美和にビデオメッセージを通じてこれまでのことを謝罪、自身の態度を改め、母ももう家には入れないので帰ってきてほしいと呼びかけた。美和もこれに応じて家に戻ると、冬彦と初めて結ばれるのだった。

13話にまで延ばされた異例の人気

 ……と、全13話中の7話分にあたるここまでの展開だけですでに色々ありすぎだが、これはまだ序の口である。第7話で冬彦の謝罪を美和が受け入れ、洋介ともきっぱり別れたことで問題はすべて解決したかに思われたものの、ドラマはここからさらに二転三転することになる。

 冬彦は強烈なキャラクターで放送開始からまもなくして視聴者の注目を浴びたが、前半では表立って動くことは意外と少なく、どちらかといえば美和と洋介をこっそり付け回す描写が見る者に恐怖を与えていた。おかげで回を重ねるうち、冬彦が出てこない場面でも、どこかに彼が隠れているんじゃないかと疑心暗鬼になるほどだった。

 しかし後半に入ると、がぜん冬彦が前面に出てくる。美和にSMプレイを求めて困惑させたり、彼女の妊娠を知って洋介との子供ではないかと疑い、堕ろせと暴言を吐いたり、夫婦関係はむしろ悪化する。そんな冬彦の態度から美和は別れたはずの洋介のもとへ走る。洋介は子供ともども一緒に暮らそうと言ってくれたが、冬彦は美和のお腹の子供が自分の子供だと確信すると、母と再び結託し、彼女を連れ戻すべく躍起になる。その一方で、洋介と律子の関係がこじれ、騒動も起きる。

 こうして終盤に来ても、怒涛のように事件があいつぎ、一体これをどう収拾させるのかと思わせたまま最終回へといたる。ワンクール(3ヵ月)の連続ドラマはたいてい10話か11話で終わるが、それが13話にまで延ばされたことに異例の人気ぶりがうかがえる。それも冬彦の存在によるところが大だったのは間違いない。

トレンディドラマに反旗を翻しながら

 脚本を担当した君塚良一(のちには『踊る大捜査線』というメガヒットも生む脚本家)によれば、第2話が放送された翌日、番組プロデューサーから電話で、街頭ロケで佐野史郎が現れるや、周囲で見ていた人たちが怖がって一斉に逃げ出したと知らされ、冬彦というキャラは評判になると言われたという(君塚良一『テレビ大捜査線』講談社)。君塚にとっては本作が初めての連続ドラマ、しかも不得手な恋愛ドラマとあって、1年をかけてストーリーをつくりあげたという。だが、それも冬彦のキャラが思いがけず当たったことで変更を余儀なくされる。

 もっとも、プロデューサーの貴島誠一郎には当初より、ただの恋愛ドラマにはしないとのもくろみがあったようだ。貴島は、当時全盛を迎えていたフジテレビのトレンディドラマに対抗し、TBSのドラマなりのやり方で、登場人物の感情表現にウェイトを置いた作品をつくりたかったという。そこで目をつけたのが、そのころ『東京エレベーターガール』というドラマで、不倫していた女性と関係を切る場面で、感情を表に出さないで演技していた佐野史郎だった。佐野もまた、ラブストーリー至上主義みたいなドラマが苦手だったこともあり、貴島の考えに共鳴する。

 トレンディドラマに反旗を翻しながらも、『ずっとあなたが好きだった』にはあえてその文法に乗ったような場面も少なくない。たとえば、男女が劇的な局面を迎える場面で大雨が降るというのは“トレンディドラマあるある”の一つだが、本作でも、第9話で土砂降りのなか美和と洋介に律子が絡んで修羅場が繰り広げられた。

 キャストにしても洋介を演じた布施博は、トレンディドラマに多数出演した象徴的な俳優だ。それだけに彼を起用すること自体が、トレンディドラマへの批評であったともいえる。宮崎ますみ演じる洋介の恋人の律子も、さばさばした明るいキャラがフジテレビのトレンディドラマの金字塔『東京ラブストーリー』(1991年)で鈴木保奈美が演じた赤名リカを彷彿とさせる。

『東京ラブストーリー』では、織田裕二演じるカンチが高校の同級生のさとみ(有森也実)に失恋したあとでリカと付き合い出すのだが、さとみへの思いを断ち切れず最終的にそちらと結ばれた。考えてみると、構図としては『ずっとあなたが好きだった』の人間関係と驚くほど似ている。君塚良一は脚本に書くにあたって、同作をはじめヒットした恋愛ドラマを参考にしたというから、人物設定などで影響を受けた部分もあるのだろう。

『半沢直樹』監督の福澤克雄が演出補

 だが、トレンディドラマの文法を取り入れながらも、本作の目的はあくまでそれを壊すことにあった。冬彦はその役を一身に担わされたわけである。彼が世間で話題になり始めると、スタッフは一丸となって冬彦が目立つよう力を入れた。終盤では、冬彦が古ぼけた子供用の木馬を漕ぐシーンがまた話題を呼んだ。木馬はディレクターが用意したもので、佐野はそれを現場で見てヤダなーと思ったものの、乗ったら意外と楽しかったとか(佐野史郎『怪奇俳優の演技手帖』岩波書店)。

 木馬以上に記憶に残るのが、冬彦が下唇を突き出し「ムゥ~~」と唸るしぐさ(イラスト参照)だ。第4話のラストで初めて登場すると評判をとり、終盤には暗闇のなか彼の顔にスポットライトが当たり、このしぐさを披露する視聴者サービス的な場面も用意された。

 いま見ると、ちょっと悪乗りとも思える演出は、後年のTBSのヒットドラマ『半沢直樹』における土下座や誇張された表情(顔相撲とも呼ばれた)などにも通じる。ちなみに『半沢直樹』の監督の福澤克雄は、『ずっとあなたが好きだった』では演出補を務めていた(当時のクレジットは山越克雄)。強烈な個性の持ち主がこれでもかと行動をエスカレートさせていくようなドラマのつくり方を、福澤は本作の現場で学んだのかもしれない。

 とはいえ、『ずっとあなたが好きだった』がいまなおドラマ史に残るのは、そういった表面上のことばかりが理由ではないだろう。今回全編を通して見て気づいたのは、このドラマの根本には、親子の問題という普遍的なテーマが流れているということだ。

 冬彦の母・悦子との関係は、放送当時はマザコンの一言でくくられ、男性が弱くなった現れと切り捨てられたりもした。しかし、ドラマをよく見ると、冬彦の異常性は、あきらかに悦子の過剰なまでの干渉に原因があり、彼自身そのことに苦しんでもいた。いまなら悦子は「毒親」と呼ばれるところだろう。こうした親子関係は最近になってようやく、子供側の性別を問わず社会問題としてとりあげられつつある。

 美和にしても苦難に陥ったそもそもの原因は父親にあった。高校時代には洋介と別れさせられ、30歳になる直前には結婚を急がされた。しかもその結婚には、父が冬彦の母親とのあいだで抱えたある事情が深くかかわっていた。もし、美和が父と日頃からコミュニケーションをとり、事情を知らされていたのなら、冬彦と結婚することもなかったはずだ。結局、互いに親というしがらみに捕らわれていたことに、美和と冬彦の不幸があったといえる。

佐野史郎本格復帰を祈る

 最後に個人的な思い出をひとつ。ちょうど『ずっとあなたが好きだった』が放送された年に高校に入学した私は、そのころ眼鏡をかけ始めたところ、佐野史郎に似ていると言われるようになった(あちらのほうがやや面長だが)。翌年には文化祭のクラスの出し物で芝居をやることになり、そこで私が冬彦さん的な役を演じたのだった。

 佐野史郎に似ていると言われてもさほど悪い気はせず、文化祭でその役を引き受けたのも、たぶん当時からこの手の個性派俳優が好きだったからだろう。劇中では、例の「ムゥ~~」もモノマネして結構ウケたと記憶する。ただ、今回、本家の演技を見て、その迫真ぶりにはやはりかなわないと思った。

 佐野さんは冬彦役で一躍ブレイクしながら、そのイメージをさほど引きずらないまま、現在までさまざまな役を演じ続けている。昨年(2021年)には多発性骨髄腫を発症し、出演していたドラマ『リコカツ』を途中降板したものの、入院中に治療を受けてからの経過は良好らしく、この4月にはミュージックビデオの撮影で仕事に復帰したことも伝えられた。改めて病気の完治と本格復帰を祈りたい。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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