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「ヤングケアラー」受け入れるまでの心の葛藤|当事者が抱える若者介護のしんどさと孤独

 高次脳機能障害のある母のもとに生まれ、幼い頃から母のケアをしてきたたろべえさん。ヤングケアラーという言葉を知ったきっかけから、同じ経験を持つ仲間に出会うまでの経緯を教えてもらった。当事者の実体験からヤングケアラーが抱える心の声に耳を傾けてみて欲しい。

「ヤングケアラー」好きになれなかった2つの理由

 私はヤングケアラーという言葉はあまり好きではなかった。

 ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子供のことだ。

 私がヤングケアラーという言葉と出会ったのは大学生の時だった。

 大学1年生の時、講義でCODAについて調べていた。CODAとは、Children Of Deaf Adultの頭文字を取ったもので、耳の聞こえない親をもつ耳の聞こえる子供のことだ。最近では、映画『コーダ あいのうた』がアカデミー賞を受賞したことでも話題になった。

 初めてCODAを知った時には、私と同じように障害のある親をもつ人で、呼び名がついている人たちがいるということに驚いた。うらやましい、私も自分の存在に名前が欲しい、同じ立場の人に会ってみたいとも思った。

 その後、CODAについて調べていく中で“ヤングケアラー”という言葉を目にする機会が何度かあった。しかし、当時の私はすぐには調べなかった。

 大きな理由は2つ。1つ目に、私はあまり母をケアしているという自覚がなかったので、ヤングケアラーというのが自分に関係があることだと思わなかったためだ。

 当時の私はケア=介護のイメージが強く、介護といえば、身体的な介助を想像していた。母は着替えや排泄などは基本的には自力でしていて、私がやっていたのは出かけた時にどこかへ行ってしまわないように見守ることや、予定を管理することなどで、自分ではそれを介護だと認識していなかった。

母には母でいて欲しかった、子供でありたかった

 2つ目に、ヤングケアラーという言葉があまり好きになれなかったからだ。

 なんとなく、自分は“母のケアをしてあげている人”、母は”私にケアをされないと生きられない人”という関係を感じる気がした。

 実際はそうだけれど、私は母に母であって欲しかったし、私は子供でありたかった。きょうだい同士でも、祖父母と孫でも、家族とは本来の家族の関係でありたいと願っているのに、ケアが間に入ることでそうはいかなくなってしまうというところに、ヤングケアラーが感じているしんどさがあると思う。

 ヤングケアラーと呼んでしまうと、”家族“という以前に”ケアをする人とケアをされている人“という関係性が強調されてしまうような印象があった。

 それでも、ヤングケアラーという言葉は私の心のどこかに引っかかり続けていた。

生まれて初めて自分と同じ境遇の人に出会った

 大学3年生の時の7月、興味本位から東京都世田谷区で開催された『ヤングケアラー・若者ケアラー支援シンポジウム』に行ってみた。

 そこで初めてヤングケアラーについて詳しく知ることになったが、相変わらずヤングケアラーという言葉を素直に受け入れることはできなかった。

 その数日後、シンポジウムに登壇されていた先生に声をかけていただき、日本ケアラー連盟ヤングケアラープロジェクトが主催するヤングケアラースピーカーズバンク育成講座に参加した。

 生まれて初めて、自分と似たような経験をしてきた人に出会うことができた。

 初対面とは思えないほど自分の話をよくわかってもらえるし、相手の話にも共感できるというのは、かなり感動的な体験だった。

 当時の私は”ヤングケアラー”という言葉の響きは正直微妙だけど、現状ではこの言葉を頼って仲間を探すしかないのだと思った。

母のケガがきっかけで「介護」を認識

 その年の9月、母が自宅の階段から落ちて頭を打ち、救急車で運ばれた。幸い、大事には至らず、すぐに病院から帰ってきたが、私は「今後同じようなことがあったらどうしよう」と思った。もちろん母の命も心配だが、対策をしていなかった家族の責任になってしまうのだろうかと怖かった。

 そこで、今まで2階だった母の部屋を1階に変え、福祉制度や福祉用具についても調べ始めた。片付けが苦手で物を溜め込んでしまう母の部屋の掃除は大変で、やってもやっても終わりが見えなかった。

 さらに、手すりはどこにつけたらいいのだろう、スロープは必要だろうか、などと考えていたとき、ふと「あ、これ介護かも」と思った。

 大学の同期生が卒業研究の準備をしている中で、私は母のために家の片づけをしていたとき、初めて「自分もヤングケアラーである」ということを受け入れることができた。

 日本ケアラー連盟は、ヤングケアラーが行っているケアの例として家事や見守り、通訳なども挙げている。私はケアというのは身体的な介助をイメージしていたが、実際にはもっと多岐に渡るケアがあるということだ。

 また、精神疾患のある家族の話を聞くことは、一見すると家族同士で会話をしているだけのように見えるかもしれないが、実際には医者やカウンセラーの仕事を子供が担っているのと同じであって、子供のやることを超えているという話も度々話題になる。

 思い返してみれば、母が出かけた時にどこかへ行ってしまわないように見守ることや、予定を管理することなどもケアだったと言えるような気がしてきた。本来の親子と役割が逆転している。

お母さんは宇宙の彼方の星からきた

 私はヤングケアラー経験のある人が集まるイベントや当事者会に足を運ぶようになっていった。そうしているうちに「自分が生まれる前から母親に高次脳機能障害があった」というまったく同じ経験をもつ人たちにも出会うこともできた。

 母と一緒に日常生活を送るのはなかなか大変だ。高次脳機能障害だから仕方がないことかもしれないが、私たちからすると「なんで??」と思うできごとが日々絶えない。

 障害のある当事者の方々には申し訳ないが、私たちは「私たちのお母さんは宇宙の彼方の別の星からやってきたんだ。だから、私たち地球人と多少勝手が違っても、仕方ないよね」と笑い合った。

「お母さんが作るインスタントコーヒーって、なぜかめちゃくちゃ濃いんだよね」

「わかるよ。お母さん達の星ではその濃さで作るんじゃない?」

「お母さんがまた冷蔵庫開けっ放しで…」

「うちもそうだよ。お母さん達の星ではそういうルールなんじゃないかな」

 1人だとイライラすることでも、わかってもらえる相手がいると、少し和らぐ。

自分は世界に1人きりではない

「わかるよ」とヤングケアラー経験がない人に言われると、「本当はそんな経験ないくせに。でも、優しく話を聞いてくれているんだからありがたいと思わなきゃ」と少しモヤモヤしてしまうところだが、似たような経験をしてきた人に共感してもらうと、なんというか、「本当にわかってもらえているんだ」という安心感がある。
 
 ヤングケアラーという言葉が広まったことで、今まで出会えなかった当事者同士が知り合えるようになったのは良いことだと思う。

 ケアと向き合うことは孤独だ。

 学生時代の私は、自分は世界に1人きりなのではないかと思うことさえあった。

 同じ経験をした人に出会えても、やっぱり目の前のケアと向き合う時に孤独なのは変わらないのだけれど、

「この孤独と戦っている同志が世界のどこかにいる」「自分は世界に1人きりではない」。そう思えることでかなり楽になった。

 今もどこかに孤独なヤングケアラーがきっといる。

 なかなかすぐに理解してもらえる人に出会えないかもしれないけれど、世界の中で1人きりではないということを、どうか知っていてほしい。

元ヤングケアラーたろべえの介護note

・当事者同士が出会える場があることを知って欲しい!

 一般社団法人日本ケアラー連盟が運営する『ヤングケアラープロジェクト』では、ヤングケアラーに関するイベントなども実施しているので、チェックしてみてほしい。私はこのイベントを通して当事者に出会うことができた。
https://youngcarerpj.jimdofree.com/

・自分が介護をしていることを受け入れると考え方が変わる

 自分がヤングケアラーだということに気がついていない場合、必要なサービスや社会と繋がれないこともある。『ヤングケアラープロジェクト』では、以下のような人をヤングケアラーとしている。

・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている

・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている

・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている

・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている

・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている

・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている

・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している

・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている

・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている

・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている

 ――あなたに、あてはまることはあるだろうか?

文/たろべえ

たろべえさんの顔写真

1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。母は高校通学中に交通事故に遭い、片麻痺・高次脳機能障害が残ったため、幼少期から母のケアを続けてきた。父は仕事中の事故で左腕を失い、現在は車いすを使わずに立ってプレーをする日本障がい者立位テニス協会https://www.jastatennis.com/に所属し、テニスを楽しんでいる。現在は社会人として働きながら、ケアラーとしての体験をもとに情報を発信し続けている。
https://twitter.com/withkouzimam  https://ameblo.jp/tarobee1515/

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