連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第151回 大ボケ耐久レース】

 若年性認知症の兄、症状の進行が加速しています。妹のツガエマナミコさんは、日々繰り広げられる兄の言動の不可思議に困ったり、混乱したり。もう我慢大会か耐久レースの様相を呈してきたようです。

 * * *

「俺たち、いつから一緒になったんだっけ?」…!!

 どうも、1人カラオケ常連のツガエでございます。先日、いつものようにカラオケに参りましたら、何の前触れもなくドリンクバーコーナーからストローが消えておりました。環境への取り組みとしてプラスチックストローが廃止となるのはいいのですが、そうなると山積みで置きっぱなしのプラスチックコップに直に口を付けて飲むほかございません。

 その日は我慢しましたが、やや抵抗があったので、その日の帰り、100円ショップでアルミ製ストローを購入いたしました! 内側を掃除できる専用ブラシ付きでございます。ふとみると箸入れのようなストローケースもあるではありませんか。なんと専用ブラシも入る設計でございます。さっそく次のカラオケ日に持参して快適にフリードリンクを堪能いたしました。

 しか~し!みなさまももしお使いになるときはお気を付けあそばせ。使用したストローを持ち帰るという行為は、過去に経験のない特殊行為なのでよほど気を付けないとコップに刺したまま退室してしまいます。かくいうわたくしは店を出た30分後に恥を忍んで取りに戻った輩でございます。トホホ。

 そんな平和なある日、夕食の支度をしていると、テレビを観ていた兄が唐突に振り向いて「何時に帰るの?」とのたまいました。とっさに意味がわからず「誰?私のこと?」と訊き返すと「うん」と言うので、「ここ私の家なの。だから帰らないの」と言うと、「そうなの?そうか~」と言ったかと思うと、しばらくして「俺たち、いつから一緒になったんだっけ?」とのたまったのでギョッといたしました。

 まるで夫婦のようなもの言いだったので、なんとか訂正しなければと焦り「生まれたときからですけど。だって私はお兄ちゃんの妹だから。私たちおんなじ親から生まれたきょうだいなんだよ!」と必死に訴えました。そのわたくしの言葉で「えっ?そうなんだ」と驚いた兄に、わたくしの鳥肌が総立ちしたことはお察しください。

 その後、父と母について覚えていることは何かあるのか探ってみましたが、飾ってある写真を指差して「あれだよね?」とは言うものの、名前も出てきませんでした。かわいそうな両親。ふと心配になって「自分の名前は言える?」と伺ってみると、それはサラッと返ってきたので「名前」というものの偉大さを知りました。生年月日すら怪しく、ほとんどの記憶をなくしても自分の名前だけは言える、そのメカニズムがむしろ不思議でございます。

 絶対に覚えていないだろうと思いつつ、どんな仕事をしていたかをついでに伺うと、かなり長考されて「お昼に食べるものを届けるみたいな」とお答えいただきました。でも兄が勤めていたのはカメラ販売店でございます。「へぇ~、飲食店だったんだ」とわたくしが水をむけると、「そう。まわりに会社がいっぱいあったから」と、思い出すようにしてもっともらしく話してくださいました。本人は気づいていないでしょうけれど、たぶんそのときテレビで流れていたニュース番組の飲食店特集に引っ張られていたのだと思われます。

 別の日に「何人きょうだい?」と訊くと、「3人かな。いや4人か」とおっしゃるので「その中に妹はいる?」と伺ってみたら「わからない」と返ってまいりました。2人きりの兄妹なのに、いつの間にか人数が増えていまして、「妹の有無」がわからないのか、「妹という概念」がわからなくなってしまったのか、追及する気にもなりませんでした。

 近頃の兄は、言葉が通じないことが一段と増えました。「鞄は下に置いて」と言っても、きょろきょろして関係のないドアを開けようとしますし、パーカーを脱ぐ際「首のところのチャック下ろさないと脱げないよ」と言っても、「首?」と言って腰のポケットに手を入れたりいたします。「首よ、首。首がどこかわからなくなっちゃったの?」と言うと、まるでお財布を探すように体のアチコチを叩いて触って、最後は小首をかしげるかわい子ぶりっ子ポーズでフィニッシュ。

 こっちの頭がおかしくなりそうなボケの連続に、わたくしはどこまで耐えられるのか。これはもう大ボケ耐久レースでございます。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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