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『鎌倉殿の13人』39話「実朝が世継ぎをつくれない理由は、その問題だけではない」

 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』39話。政権をめぐって源実朝(柿澤勇人)と北条義時(小栗旬)のあいだに不穏な空気がたちこめています。そんな中、和歌を愛する実朝は、泰時(坂口健太郎)に歌を送るが、歌に疎い泰時は困惑。果たしてそこに込められた実朝の思いとは?「穏やかな一日」(副題)の回を、歴史とドラマに詳しいライター、近藤正高さんが、歴史書を紐解きながら考察します。

いきなりの長澤まさみ

『鎌倉殿の13人』第39回の冒頭、ナレーションを務める長澤まさみがいきなり顔出しで登場し、驚かせた。大河ドラマで、それまで劇中に登場しなかった語り手が途中で顔を出したケースといえば、2018年放送の『西郷どん』の語り手だった西田敏行が、第39回より主人公・西郷隆盛の息子の西郷菊次郎(長じて京都市長を務めた)の役で登場し、そのまま最終回まで出続けたことが記憶に新しい。

 大河ではないが朝ドラでも、大ヒット作『おしん』(1983~84年)でナレーションを務めた俳優の奈良岡朋子が、最終回のラストシーン、年老いたおしん(乙羽信子)と長年の友人・浩太(渡瀬恒彦)のそばを通りかかって声をかける女性の役で登場している。いわばカメオ出演というか、視聴者サービス的な出演である。今回の長澤まさみの出演は一回限りと思われる点からして、『西郷どん』の西田敏行よりも奈良岡朋子のケースに近いような気がする。

 さて、冒頭で長澤が説明していたように、今回の話は承元2年(1208)から建暦元年(1211)にいたる4年間に起こったできごとが一日に凝縮して描かれた。「穏やかな一日」というサブタイトルからは、最終章に入るにあたり一息つくようなコメディ的展開を予想したのだが、まったく違った。全編を通して不穏さばかりが際立つ展開を見せた。

冷徹な権力者

 義時(小栗旬)は前回、父・時政に見せた涙はどこへやら、すっかり冷徹な権力者になってしまっていた。彼の頭にはもはや、北条家が坂東武者のトップに立ち、その権勢を盤石なものとすることしかない。そのためにほかの御家人が力を持たないよう、守護の職を定期的に交代するものへと改めようとする。

 義時はまた、鎌倉殿である実朝(柿澤勇人)に対しても牽制の構えを見せる。備後国・大田荘(現在の広島県世羅町付近)の年貢の取り立てをめぐって高野山が当地の地頭を訴えた際には、その審議において実朝は地頭である三善康信(小林隆)に「(現地で実務にあたる)代官をかばいたい気持ちはわかるが……」と同情を示すが、義時はすかさず道理は高野山にあると口を挟み、その言い分を聞いてやりましょうとさっさと裁断を下してしまう。これには実朝も心証を害し、「私がいてもいなくても同じなのではないか」と泰時(坂口健太郎)を相手に弱音を吐いた。

 大田荘をめぐる訴訟については『吾妻鏡』の承元3年(1209)3月1日条にも出てくる。ただ、そこでは、訴えた側である寺家の使者の僧が訴訟の場で代官と口論におよんだところ、実朝がこのことについてはしばらく審理を中断するよう直々に命じたと記されている。同記事には義時や大江広元の名も見えず、実朝が自らの意志で裁定を下したのはあきらかだ。『鎌倉殿』で時代考証を担当する坂井孝一は、この件を実朝の将軍親裁の開始と位置づける(『源実朝――「東国の王権」を夢見た将軍』講談社選書メチエ)。

 しかし、ドラマでは実朝がこのあとも義時の言うがままに振り回される。義時が息子・泰時の幼馴染である鶴丸(きづき)に「平盛綱」という姓と諱を与え、さらに本人の希望を受けて御家人にしてやるべく実朝に推挙したときもそうだった。実朝はこの申し出に当初、一介の郎党を御家人に取り立てるなどありえないと反対する。

 そもそもこれより前、和田義盛(横田栄司)が上総介(上総の国司の長官)の推挙を申し入れたときには、実朝が承諾しようとしたのに、義時はこれを退けていた。ここから実朝が義時の矛盾を咎めると、義時はいきなり手のひらを返すように、自分はもはや用済みのようだと引退をほのめかし、あとは鎌倉殿のお好きなように進められるがよいと言い出す。

 もちろん、義時がいなくなれば実朝の政務もおぼつかなくなる。義時はそれをわかっていてわざとそう切り出したのだ。案の定、実朝はうろたえ、「私が間違えていた」と非を認めると、一転して盛綱を御家人とすると承諾する。だが、義時は素直にこれを受け入れない。「鎌倉殿が一度口にしたことを翻しては政の大本が揺るぎます」「私のやることに口を挟まれぬこと。鎌倉殿は見守ってくださればよろしい」と言って聞かせると、改めて時政追放の褒美として実朝に盛綱を御家人とすると認めさせるのだった。

『吾妻鏡』との比較

 盛綱の御家人への推挙は、『吾妻鏡』承元3年11月14日条にある、義時が年来の郎従のなかで手柄のあった者を侍に準じると命じるよう実朝に要求したという話が下敷きとなっている。しかし、ここでも実朝はドラマとは違い毅然とした態度を示す。「そのことを許せば、そのような輩の子孫は本来の由緒を忘れ、幕府への直参を企て、身分秩序が乱れて災いを招く原因となる」として、義時の要求を断固として退けたのだ。

 この点、北条家に仕える家人にすぎなかった鶴丸改め盛綱を、御家人へと一挙に引き上げようとした劇中の義時の行動は大胆不敵といえる。ちなみに現実の平盛綱は、壇ノ浦の合戦で戦死した平資盛のひ孫・関実忠の弟と伝えられるが、生没年も含めその出自には不明な点が多い。泰時の腹心であったことはたしかで、文暦元年(1234)には泰時の家令(鎌倉将軍家など高家の庶務をつかさどる職)に任じられ、その後、伊豆の長崎郷に所領を得たことから長崎氏を名乗り、経時、時頼と北条家の歴代執権に仕えている。

 一方、和田義盛が上総介への推挙を実朝へ内々に希望してきたのは、『吾妻鏡』によれば承元3年5月12日のこと。半年後の11月27日には、実朝から義盛に対し内々に計らいがあり、しばらく決定を待つよう伝えられ、義盛は手を打って喜んだという。ただ、当時の身分秩序では義盛は「侍」にすぎず、この地位の者を国司にすることは頼朝によって停止されていた。実朝から相談を受けた政子もこれを理由に反対し(劇中にもそれらしきシーンが出てきたが)、義盛の上総介挙任はすんなりとは進まなかった。結局、2年後の建暦元年(1211)には、義盛自ら、もはや上総介推挙への執念は捨てたと所望を取り下げるにいたる。

 義盛が推挙の希望を取り下げたことに、実朝は不快感を示したものの、それは一時的なもので、実朝は義盛とはずっと良好な関係を保った。ドラマではそんな実朝と義盛の関係に、義時はくさびを打ち込もうとする。義盛が実朝から上総介推挙の約束を得たのを押しとどめ、そればかりか、義盛が実朝を親しみを込めて「羽林」と呼ぶのも禁じた。義盛はそんな義時に不満を募らせる。これには同じ三浦一門の義村(山本耕史)も、酒を酌み交わしながら同調し、鎌倉に不穏な空気が醸成されていくのだった。

 実朝もまた、義時にがんじがらめにされ、もどかしさを募らせる。それだけでなく、妻の千世(加藤小夏)ともいつまで経っても打ち解けられず、子供もできなかった。そんな実朝に、乳母の実衣(宮澤エマ)は側室をとるようそれとなく勧めるが、本人は気乗りしない。一応、和田義盛の助言で「声の大きなおなご」を所望し、よもぎ(さとうほなみ)という御所に仕える女房と面会したものの、すぐに側室にするつもりはないと断ってしまった。

 それでも実朝は彼女の立場を慮り、何か困りごとはないかと訊ねる。これによもぎは、ひどい男に引っかかってしまったと打ち明けた。その男は妻にすると言ってさんざん弄んだあげく、別の女をつくって彼女は捨てられてしまったという。実朝が「鎌倉にそんなひどい男がいるのか」とあきれた男こそ、義時と前妻・比奈の子・朝時(西本たける)だった。義時はその後、この件を知り朝時を呼び出して叱責したものの、とくに罰は与えず、息子への甘さを見せる。もっとも、『吾妻鏡』では、義時はこの一件で朝時と縁を切り、駿河に蟄居させているのだが……。

実朝の恋の歌

 話を実朝に戻せば、あらゆる面で思うままにならない彼が心の拠り所としたのは和歌だった。三善康信からいつものように和歌の指導を受けていると(ミュージカル俳優の柿澤勇人が和歌を詠むと、和歌は文字どおり歌なのだなあとしみじみ思わせる)、京から赴任した源仲章(生田斗真)が、実朝の歌を大歌人・藤原定家が添削した書状を持って現れる。実朝と康信はこれに喜んだが、定家から指摘されたのは、実朝が康信からの助言を受けて直した箇所だった。康信はそれを知って落胆するが、実朝は歌を詠むことの面白さを教えてくれたのはそなただと、彼を慰める。

 実朝は信頼を寄せていた泰時にも、自分のつくった歌から一首を選んで、返歌するよう求めた。しかし、それが悲劇を招く。歌の素養がない泰時は、どう返せばいいのか皆目わからない。夜になっても歌ができず、悩んでいた泰時のもとへ仲章が現れ、実朝から渡された歌「春霞 たつたの山の桜花 おぼつかなきを 知る人のなさ」を見て、これは恋の歌だと即座に気づいた(たしかにこの歌は実朝の歌集『金槐和歌集』でも「恋の部」に収録されている)。

 仲章によればこの歌は「春の霞のせいではっきりと姿を見せない桜の花のように、病でやつれた己を見られたくはない。されど恋しいあなたに会いたい。切なきは恋心」という意味らしい。もっとも、素人が読めばせいぜい「春霞にかすんだ桜花のようにもどかしい恋心」ぐらいにしか解釈できない。それを「病でやつれた己を見られたくない」詠み人――ちょうど今回の冒頭、実朝は病気(天然痘)から復帰したばかりだった――の思いまで読み取ってしまうのが、仲章の読解力の高さというべきか。

 ともあれ、仲章から恋の歌だと教えられた泰時は、実朝が間違って渡したのだろうと思い、本人にそれを戻した。これに対し実朝は一瞬、何とも言えない表情を見せたが、すぐに「間違えて渡してしまったようだ」と認め、改めて別の歌を渡す。それは「大海の 磯もとどろに寄する浪 破(わ)れて砕けて 裂けて散るかも」という実朝の歌のなかでもっともよく知られる一首であった。

 実朝が泰時に恋愛感情というべき思いを寄せていたことは、その前に御所で催された弓競べで(義時は盛綱を御家人に推挙するにあたり、この勝負に参加して目立った働きを見せることを条件としていた)勝利した盛綱と泰時が抱きついてはしゃぐ様子に、彼が思わず目をそらしたことからもあきらかだ。その直後に、義時からの盛綱の御家人推挙を拒んだのも、おそらく嫉妬が混じっていたのだろう。

 ただ、実朝がショックを受けたのは、失恋という以上に、唯一の理解者だと思っていた泰時が、自分の気持ちをもっとも素直に表現できる和歌の意味を読み取れなかったという事実ではなかったか。今回のドラマの展開からすれば、泰時に最初に渡した歌も、何事につけても八方ふさがりでもどかしいという実朝の心の叫びだったような気がしてならない。とすれば、その思いが伝わらなかったと知ったとき、改めて泰時に渡した歌の下の句「破れて砕けて 裂けて散るかも」には、実朝の絶望の思いが託されていたのではないか。

 そういえば、今回の劇中では、実朝の兄・頼家の近習だった時房(瀬戸康史)が、兄とはきちんと話したことがないという実朝に対し、「寂しいお方でした。あのお方のお心を知ることは誰もできなかった」と明かしたうえで、「いらっしゃいますか、心を開くことができるお方が?」と訊ねていた。おそらく実朝はこのとき、泰時のことを思い出していたに違いない。

なぜ世継ぎをつくれないのか

 実朝は泰時との関係をこじらせる一方で、同じ夜、千世とは距離を縮めていた。きっかけは、千世が実朝に、なぜ自分から逃げるのか、何が気に入らないのかと問い詰めたことだった。これには実朝も「私には世継ぎをつくることができないのだ。あなたのせいではない。私は……どうしても……そういう気持ちになれない」とついに本心を打ち明けた。千世は、実朝がずっと一人で悩んでいたことを知り、それを話してくれたことに感涙する。

 こうして夫婦の関係は修復されたものの、実朝がなぜ世継ぎをつくれないのか、その真意はあきらかにされなかった。その後の泰時とのやりとりからは、実朝が女性に(性的に)興味がないらしいということはわかったが、果たしてそれだけが理由なのか? 思えば、これまで世継ぎをめぐってさんざん御家人どうしが争うのを見てきた彼には、子供をつくる気にはとうていなれなかったのではないか。その思いは実朝が病気から復帰後、義時たちは自分が死んだ場合に備え、養子の善哉(頼家の次男)に鎌倉殿を継がせようと考えていたと知って、「善哉には悪いことをした」とつぶやいていたことにも何となく表れていたように思う。

 その善哉は、今回のラストシーンで出家して公暁と改名し、修行のため京へ向かった。ときに建暦元年9月22日。公暁を演じる寛一郎は、『鎌倉殿』で上総介こと上総広常を演じた佐藤浩市の息子だ。義盛が広常の志を継ぐべく上総介になろうとした回に、寛一郎が初登場するところに運命的なものを感じてしまう。しかし彼が演じる公暁が戻ってきたとき、鎌倉最大の悲劇が幕を開けるというから穏やかではない。一方で今回、八田知家(市原隼人)が政子(小池栄子)に忠言していたように、北条に対し御家人たちの不満は高まるばかりであった。鎌倉が抱えた危機に、果たして義時はどう向き合うのだろうか。

→『鎌倉殿の13人』他の回のレビューを読む

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある

 

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