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介護離職者数は8年で2倍!「介護のために仕事を辞めてはいけない」理由を専門家が提言

 親には育ててもらった恩があるからと、親の介護のために仕事を辞めようと考えている人もいるかもしれない。しかし、年老いた親のために身を削れば削るほど、親も、自分自身も、不幸になっていく――。介護のために仕事を辞める「介護離職者数」が2010年からわずか8年で2倍になっている。20代で介護離職を経験した、コラムニスト犬山紙子さんをはじめ、専門家に「介護離職」の現状や対策について取材した。

親の介護は近い将来必ずやってくる

 700万人。この数字が何か、おわかりだろうか。いまから2年後の2025年、日本国内の認知症患者はこの数字を超えるといわれている。言い方を変えれば「65才以上の高齢者の約5人に1人が認知症になる」ということだ。

 認知症患者の増加は、即、要介護者の増加に直結する。 実際、厚生労働省の令和2年度介護保険事業状況報告によれば、すでに2020年度末の65才以上の高齢者の要介護(要支援)認定者数は682万人となっている。

 もし、あなたが40代または50代で親が65才以上なら、いまは元気なあなたの親にも「介護が必要な日」は、近い将来必ずやってくる。それに直面するのは、あなたが思っているよりも、ずっと早いかもしれない。

介護のプロでも自分の親の世話はできない

 コラムニストの犬山紙子さんは、20代で親の介護を体験した1人だ。

「大学3年の頃、母が難病のシャイ・ドレーガー症候群と診断され、介護が始まりました。当初は要介護度が低く、叔母や祖母の手伝いもあったおかげで、大学生活と介護を両立できていました。大学を卒業後は地元の出版社に就職して、仕事と介護の日々が始まります。ところが、叔母には叔母の家のこともあり、祖母も高齢なので、頼り続けるわけにはいかなくなりました。

 そんな中、母は寝たきりになり、結局、入社1年半で退職し、介護に専念することになったのです」(犬山さん・以下同)

 いわゆる「介護離職」だ。

 犬山さんは当初は「母と同居する自分が介護をするのが当然だ」「自分ひとりでもできる」と考えていたと語る。

 実際「親の介護は子である自分がするべきだ」と考えている人は多い。

 アクサ生命が2019年に実施したアンケート調査では、40~50代の子世代で親の介護経験がない人に「親が要介護状態になったら誰が介護すべきか」という問いに対し、57.2%もの人が「自分(子)」と回答した。6割近い人が、親の介護は自分の役割だと考えているのだ。だが、介護の実態は厳しい。

 犬山さんは退職後すぐに、その過酷さに気づいたという。排泄障害のあった母のために、夜中、何度も起こされる。

「会社を辞めれば、介護をしながらも自分の時間が持てるだろう」という考えは吹き飛んだ。知識のない中での介護で母を無理に抱き上げ、20代で何度も腰を痛めた。

「結局、1年も経たないうちに、東京に住む姉や弟にSOSを出し、ヘルパーさんの手も借りることになりました」

 犬山さんの場合は、頼れる姉弟もいた。介護サービスを入れ、専門家の支援も得られるようになった。だが、たいていの介護離職者は、自分ひとりで問題を抱え込んでしまう。

介護離職者はわずか8年で2倍に

 介護離職はすでに、社会問題となっている。政府は、第二次安倍政権の2015年から「介護離職ゼロ」を目標として掲げ続けている。菅政権も岸田政権も、いまだに「介護離職ゼロ」をうたう。それはつまり「8年間、介護離職者をゼロにできていない」ということにほかならない。

 減らすどころか、2010年に約5万人だった介護離職者は2018年、ついに10万人を突破した。わずか8年で2倍になったのだ。2020年には7万人に減少したが、これはコロナ禍によるリモートワークの影響だ。

「介護離職」は増え続けている

『親不孝介護』などの共著書を持つNPO法人となりのかいご代表理事の川内潤さんが解説する。

「私は年間約600件、介護に関する相談を受けています。近年増えているのが“リモートワークをしながら介護してみたが、うまくいかない”というものですが、それは当然のこと。仕事をしながら介護もするなんて、物理的に不可能なのです。コロナが落ち着けば、介護離職者はさらに増えていくでしょう」

「介護離職」をしてはいけない理由

 この指摘の通り、2021年の介護離職者は9.5万人と、再び増加傾向になっている。それでも川内さんは、介護離職はしてはいけないと、強く訴えかける。

「われわれ介護の専門職は、いちばん初めに“たとえ介護のプロでも、自分の親の介護はできない”と教わります。

 どれだけ専門的な知識や技術があっても、自分の親が弱っていく姿を目にすると、不安が増長する。親の方は、24時間子がそばにいると依存度が増し、できないことが増えていくのです。すると、子の方は親が心配で、さらに世話を焼くようになる。

 親はどんどん不安定になり、それを見た子の干渉はひどくなる。親子だからこそ、悪循環に陥るのです」(川内さん・以下同)

 例えば、どんなに時間がかかったとしても、自分の食事を自分で用意することは、高齢者にとって精神的にはもちろん、認知症対策としても役立つ。ところが、それを「危ないから」と子が取り上げると、親はやることがなくなり認知症はさらに進む。

「もし、火事にでもなったら」「家でひとりで倒れていたら」と不安になる気持ちはもっともだ。だが、だからといって離職してまで親の介護をすべきではない。

「子が手を出すほど共依存が進み、親のできないことが増えて、子も不安が強くなります。親を心配する気持ちと、親孝行したい気持ちを混同してはいけません」

優秀な人ほど「自分はできる」と介護に取り組んでしまう

 そもそも、認知症はほかの病気やけがとは違って「不可逆」。進行が早まることはあっても、症状がよくなることはほとんどない。

 それでも、職場で優秀な人ほど「自分ならできる」と信じて、まるで仕事の課題を解決するかのように介護に取り組んでしまうと、川内さんは言う。

「もともと有能なだけに、プロ並みの介護技術やリハビリ技術を身につける人も珍しくありません。しかし、どんなに頑張っても、介護は結果の出るものではありません」

 そうして介護する側のストレスは増していく。イライラが募れば、親子関係は地獄さながら。行き詰まった子が親に手を上げるケースも珍しくない。川内さんはこれを「親孝行の呪い」と名づける。

 この呪いにかかっていると「親のためなら仕事を辞めるべきだ」「親のためなら自分を犠牲にすべきだ」と、勝手に思い込むようになる。

「私の知る限り“介護離職をして親のためになった”というケースは1件もありません。

 自分を犠牲にして親へのいら立ちを募らせて、親に手を上げたり、怒鳴ったりしてしまったら、それは介護ではないはずです。自分の手で介護することが本当に親のためになるか、冷静に考えてほしい」

 愛情深く、親を思う気持ちが強い人ほど、親の介護は思うようにいかないという皮肉な現実がそこにはある。

→介護・看護のために仕事を辞める人は7万人超!専門家が教える介護離職を防ぐ5つの具体策

教えてくれた人

犬山紙子さん/コラムニスト
川内潤さん/NPO法人となりのかいご代表理事。『親不孝介護』などの共著書を持つ

文/角山祥道 取材/小山内麗香、進藤大郎、土屋秀太郎、平田淳、伏見友里

※女性セブン2023年3月2・9日号
https://josei7.com/

●介護離職の実態|制度を知らずに辞める人も…介護と仕事を両立するためには?

●介護離職しないために!専門家が教える仕事と介護を両立する3つのコツ

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