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外国人介護人材は人手不足の切り札となるか?受け入れ施設に密着

 2025年には介護業界で34万人の介護スタッフが不足すると言われている。厚生労働省による試算だ。今後わずか6年間で、それだけの人数を確保するのは簡単なことではない。こうした目の前の危機を回避するため、様々な方策が打ち出されている。今回注目したのは、外国人労働者の可能性だ。文化や言葉の垣根を超えるため、現場レベルでの取り組みが始まっている。

介護の就業体験でインドネシアから来日

 神奈川県横浜市の介護付き有料老人ホーム『すいとぴー本牧三渓園』。昼食後のひととき、入居者と楽しげに話しているのはアクバル・マウルディン・ムハンマドさん(22歳)だ。短期間の就業体験のため、インドネシアから来日した。現場のスタッフからは親しみを込めて“アバイさん”とニックネームで呼ばれる。

「私は、友人からよく『うるさい人』と言われるくらいおしゃべりが好きです。だから、若者からお年寄りまで、誰とでもよくしゃべる」と始終笑顔だ。

日本語教師としての実績を介護現場でも生かして

 子供のころから外国語に興味があったアバイさんは、大学時代は日本語を専門に学んだ。

 そんなアバイさんと、すいとぴー本牧三渓園の間を取り持ったのは採用支援企業の株式会社ノーザンライツだ。同社東京営業部の吉田将彦さんは次のように説明する。

「弊社はアルバイトなどの採用から定着までをワンストップで支援するのが業務です。インドネシアにご縁があって、2013年に語学学校『NLEC(エヌレック)』を立ち上げました。ここで日本語はもちろん、ビジネスマナーなどを学んでいただき、日本での就業希望時に入社までサポートすることが将来的な展望です。アバイさんは現在この学校で日本語教師として活躍していただいています」

 介護現場でのインターンシップ制度を立ち上げるにあたり、NLEC内で参加希望者を募ったのだが、そこに教師のアバイさんも応募してきた。

「生徒だけではなく、興味があれば先生でも大丈夫だと言われたので」とアバイさんは笑う。

 そんなアバイさんが介護に興味を持ったのは彼自身の家庭事情も関係している。

「私のお母さんが、病気です。だから時間のあるときは一緒に散歩に行ったり、慰めたりしています。将来、もっとたくさんお母さんのお世話をするかもしれない。そういうときのために介護のことを知っておきたいと思ったのです」(アバイさん)

外国人介護職員の受け入れに「不安がある」事業者はまだまだ多い

 送り出す側であるノーザンライツの吉田さんは次のように語る。

「外国人労働者を送り出す側の我々にとっても、介護業界も大きなマーケットのひとつと考えて力を入れています。ただ、受け入れる側の不安の声はまだまだ大きいのが現実」(吉田さん)

「三菱UFJリサーチ&コンサルティング」の介護事業者への調査(厚労省事業)によると、外国人介護職員の受け入れに対する「不安や抵抗感」について「ある」と答えたのは約3割。「ややある」まで含めると全体の8割が不安や抵抗感を覚えると答えた。

「そうした不安を少しでも解消していただくために、『介護インターンシップ』を始めたわけです。アバイさんはその第一期性。この活動を通じて、働く側と受け入れる側、双方の理解を深めていただくというのが狙いです」(吉田さん)

外国人労働者を取り巻く現実

 外国人労働者を取り巻く環境は単純ではない。

 これまで日本政府は単純労働を目的とする外国人の入国を基本的に認めてこなかった。コンビニエンスストアやファストフード店、機械工場や漁業・農業の現場で働く外国人の多くは「技能実習生」、もしくは「学生ビザ(留学生)」での入国者だ。

 ところが途上国への技能移転を目的とした「実習生」も、勉学が目的のはずの「留学生」も、その肩書は名ばかり。多くが純粋に労働力として入国しているのが現実だ。こうししたいびつな現状は、低賃金でこき使う「ブラック実習生」や「語学留学生の失踪」など、様々な社会的問題を引き起こしている。

 そうした背景もあり、今年の4月に入国管理法が改定され、新しい在留資格として『特定技能』が創設された。

 人材不足が問題となっている14の産業分野の「相当程度の知識または経験を必要とする技能(法務省)」を要求される業務を担う外国人向けの在留資格だ。

 今後5年間で約35万人を受け入れる予定なのだが、受け入れ見込み数でダントツのトップが介護業界の6万人なのである。

 こうした取り組みもあり、介護現場での外国人労働者は今後、確実に増えていくことになる。雇用する側とされる側が相互に理解し合うことが重要だ。そのためには実際に双方が出会う現場を作っていくしかない。

介護施設で人気者のアバイさん

 昼食後のひととき、入居者さんたちがくつろぐフロアで「◯◯さん、お気に入りのアバイさんが来ましたよ」などの声が響く。

 インドネシアの料理や民族衣装の写真が印刷された手作りのボードを使い、流暢な日本語で母国の文化を説明する。利用者さんも興味深そうに聞いていた。

 すいーとぴー本牧三渓園の施設長補佐池田裕樹さんは次のように言う。

「今後はこの業界も外国人の働き手がどんどん増えてくると思います。実際に暮らしていらっしゃるお客さんはもちろん、現場で仕事をしてる私たちにも不安はありました。でも、こうやって実際一緒に仕事をすることで、文化や言葉の違いがわかるし、どうやればそのギャップを埋めていくことができるのかも見えてきました」

 アバイさんは敬虔なイスラム教徒だ。1日5回のお祈りが欠かせない。

「でも全然大丈夫です。まず1回目のお祈りは早朝だから、日勤の場合は職場に迷惑をかけることはありません。次は昼休みの時間、そして3時、6時と続きます。こちら(ホーム)にいるときは、3階にあるご利用者のご家族のための部屋を使わせてもらいます。スマホにメッカの方向を示すアプリを入れているのでどこにいても安心です」(アバイさん)

 言葉の違いも重要だ。前出池田さんの話。

「どこの業界もそうですが、その世界でしか通用しない専門用語や略語があります。例えば『ホウシツはすんだ?』とか、『〇〇さんはガショウからの起き上がりが困難だから』などの言葉が飛び交います。同じ日本人が相手でもよくわからない言葉ですね。ホウシツは『訪室』と書きます。お客さんの部屋を訪ねることですね。ガショウは『臥床』。つまり寝ていること。薬の略語なども多い。受け入れる側の私たちとしても、業界用語はなるべく使わないとか、略語ではなく正式名称で説明する。などの工夫が必要になってくると感じました」(池田さん)

「日本語には『わびさび』とか『タテマエとホンネ』みたいに、他の言語では翻訳できない言葉や文化があります。そこが面白いし、気をつけなければならないところでもあると思っています」(アバイさん)

 介護業界の人材不足はまさに待ったなしの状態だ。今回の取材を通して、外国人労働者の受け入れは、ひとつの回答を示しているように思えた。

撮影・取材・文/末並俊司

『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。 

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