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人の話をうまく聴くコツは〇〇しすぎないこと

 人間関係に悩む人は多い。しかし、悩みを抱える人ほど、カウンセラーに向いているともいう。ではカウンセラーを養成する講座とはどんなものなのだろうか。メンタルヘルスを専門とする野坂哲夫先生の講座をのぞいてみた。

「いつ頃から眠れない感じでしょうか」

 教室では、打ち解けた雰囲気の中で、カウンセラー役とクライアント役の人が向かい合って、カウンセリングの実習が行われていた。

Sさん:「こんにちは。どうなさいましたか?」

Mさん:(ちょっと緊張した面持ちで)「体調が悪くて…。眠れないんです。年齢的にも仕方がないかとは思うんですけど。昼は仕事で、夜は寝る時間が遅いし、深く眠れていない。いつも目が覚めている感じがして…」

Sさん:「深く眠りたいですよね。いつ頃から眠れない感じでしょうか」

Mさん:「今年の初め頃かなあ」(なかなかSさんと視線を合わせないMさん)

Sさん:「その頃何かありましたか?」

Mさん:「一昨年の秋に子会社に出向を命じられて…。前任者が辞めてしまったので後任が見つかるまで3か月くらいという約束だったんですけど、ずるずる延びてもう1年以上…。それがこの4月に本社に戻れることになって…。でも、なんだか本社に戻るのが嫌で…。出向先の仕事は相談業務で、自分なりに一生懸命やってきたんです。せっかく顧客との関係ができたのに顧客を置いていくようで…。

 社命で行ったり来たり。短い間の仕事を真面目にやり過ぎた自分がバカだった。今は引継ぎをやっていて、4月が来なければいいと思ったり、一方で早く来て欲しいと思ったり…。クリニックに行こうとしたけど、薬を飲むのも嫌だし、一番の悩みは寝られないこと…」

 メンタルヘルス問題の増加にカウンセラーが追いつかない

 SさんはMさんの様子を見守りながら言葉を選んでいく。一方、当初戸惑い気味だったMさんは徐々に自分から話すようになっていった。観察者の人たちはその様子をじっと見守り、ノートを取る。

 これは、文京学院大学の生涯学習講座「認定資格「心のケアカウンセラー」をとろう!<基礎編>」のひとこまだ。

 指導するのは、長く産業医の活動に携わり、メンタルヘルスを専門とする野坂哲夫先生と、アシスタントの宮川結花先生。大学での講義のほか、各地の企業研修も行っている。

メンタルヘルス問題の増加にカウンセラーが追いつかない

 企業での研修を通じてメンタルヘルス問題の増加、それに対応できるカウンセラーの少なさを実感し、カウンセラーの養成に力を入れているという。野坂先生は語る。

「カウンセラーは特別なものではありません。どんな分野においても、人のサポートができる訓練された人は必要なのです。子育てに疲れているお母さんや、人間関係に悩む若い人たちも多いですし、とくに人と接する時間も多い介護や福祉の仕事で働く人たちは、職を続けるべきかどうか悩む人も多いのです。

 心理学やカウンセリングになんとなく興味がある、人のサポートがしたい、職場や家庭の人間関係をなんとかしたい、メンタルヘルス問題に関心がある、といった方であれば、ぜひ参加していただきたいと思います」

 実際、アシスタントをつとめているカウンセラーの宮川先生は、子育て中のお母さんの心のケアなども行っているという。

 野坂先生は、この講座をカウンセラーの養成だけでなく、女性が社会復帰するための支援として資格を取るものとしても位置付けている。講座は前期と後期に分かれているが、後期講座終了後には学科・実技試験が実施され、合格すればM&C教育企画の認定資格を取得できるためだ(前期・後期を通して8割の出席率で受験資格が得られ、実技試験は免除される)。

 受講者は、会社員、主婦、医師、産業カウンセラーまで多種多様。受講動機も、職場の人間関係や家族関係をよくしたいという人から、顧客や患者とのコミュニケーションスキルを高めたいという人までさまざまだ。

 受講初日に「カウンセラーなんて私は信用しない!」と宣言した女性がいたという。しかし講座が進むにつれ、徐々に表情も穏やかになり、今では信頼されるカウンセラーになりたいと学んでいるという。

 カウンセラーが忘れてはいけないことは……

 1回90分の授業は、前半が講義、後半は実習で構成され、講義と実習の両方が90分の中で学べるように構成されている。前半の講義では、著名なカウンセラーの本やカウンセリング事例、メンタルヘルスに関連する最近のニュースなどが紹介される。後半の実習で展開されるのが、冒頭にあげたような実習だ。

カウンセラーが忘れてはいけないことは……

 15分ほどの実習を終えて、先生はカウンセラー役のSさん、観察者、最後にクライアント役のMさんに感想を尋ねた。

Sさん「クライアントの気持ちを聴こうとやってみたけど、これでいいのかどうかわからなくて…」

観察者「Sさんはクライアントの言葉を丁寧に返し、共感的に聴いていましたね」
「Sさんの質問によって、Mさんの体の不調からその原因となっている仕事や会社への不満、それに対するMさんの心の葛藤などが少しずつ引き出されていきました」

Mさん「照れ臭くて目は見られなかったけど、Sさんが穏やかに聴いてくれているのがわかりました。Sさんが受け止めてくれているのがわかり、話しやすかったです。質問されたことで整理しないとと思って、話すことができました」

 野坂先生はそれを受けて、最後にこうまとめた。

気持ちを受け止めて、それから質問をすることが大事なんです。Sさんはカウンセリングの早い時期に質問をしましたが、共感的に聴いていたから気にならなかったですね。睡眠障害があるクライアントに『いつ頃から?』という質問はとても大切です。忘れてはいけないのは、聴くコツはしゃべり過ぎないことなんです」

 教室の中には、穏やかな野坂先生のキャラクターが作用するのだろうか、緊張が解きほぐされるようなゆったりした時間が流れていた。

〔受講者のココイチ〕:「共感と整理」
「カウンセラーが共感して聴いていたから、クライアントが気持ちの整理をしようとしていくのが見ていてわかった」(実習の観察者)

〔取材講座データ〕:認定資格「心のケアカウンセラー」をとろう!〈基礎編〉 文京学院大学 2017年前期

文・写真/まなナビ編集室

初出:まなナビ

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