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医療ソーシャルワーカーの役割や相談できることは?【実例解説付き】

 病気やけがで入院するときや、退院後の療養や通院中などに、治療のこと以外にも、さまざまな問題や不安が頭を悩ますことがある。そういった悩みの相談にのってくれる専門家が「医療ソーシャルワーカー」(MSW)だ。

 医療ソーシャルワーカーの役割や仕事の内容、利用する際のコツなど、国立千葉大学医学部附属病院地域医療連携部のソーシャルワーカー、葛田衣重さんに話をうかがった。

医療ソーシャルワーカーの役割とは

 病気やけがで治療を受ける方やご家族が、入院中や退院後に自立して、その人らしい医療を受け、暮らしを続けることができるよう支援するのが医療ソーシャルワーカーの仕事です。

 通称「メディカルソーシャルワーカー」の略で「MSW」などとも呼ばれます。

 医療ソーシャルワーカーが勤務しているのは主に病院です。病院によって、「医療福祉相談室」「総合相談室」「患者支援センター」「地域連携室」といった名称の部署にいて、患者さんやご家族の相談にのっていて、地域との連携窓口になっています。

厚生労働省による医療ソーシャルワーカーの業務指針

 編集部追記:厚生労働省:医療ソーシャルワーカーの業務指針によると、「医療ソーシャルワーカーは、病院等において管理者の監督の下に次のような業務を行う」とあり、大きく6つの業務が掲げられている。

1.療養中の心理的・社会的問題の解決、調整援助
2.退院援助
3.社会復帰援助
4.受診・受療援助
5.経済的問題の解決、調整援助
6.地域活動

※参考/厚生労働省「医療ソーシャルワーカー業務指針」http://www.jaswhs.or.jp/upload/Img_PDF/183_Img_PDF.pdf

医療ソーシャルワーカーになるには資格が必要?

 医療ソーシャルワーカーという資格があるわけではありません。

 多くは社会福祉士や精神保健福祉士などの国家資格をもっている人が医療ソーシャルワーカーとして働いています。社会福祉協議会、地域包括支援センター、居宅支援事業室などにもいて、在宅療養する人を専門的に支えていることもあります。

医療ソーシャルワーカーへの相談や悩みとは

 入院するときには、普段、健康なときには考えなかったこと、例えば

「治るまでお金はいったい幾らかかるのか」
「私が入院したら、年寄りの面倒をみる人がいない」
「主治医の治療方針に疑問があるが、直接は聞きづらい」
「退院してすぐ3階の自宅まで階段で上がれるだろうか」

 などの問題や悩みを抱えることがありますよね。

 また治療が終わっても、以前の日常生活に戻ることや就労することが困難になるなどの問題も起こる場合もあります。

 病状や治療については、主治医や看護師から詳しく聞いても、それが生活にどのように影響するかイメージしづらく、その問題が一時的ではない場合は、どのような対処が必要か、ご自身で(ご家族だけで)考えるのは大変です。

 そういった場合には、医療ソーシャルワーカーが、なるべくその人らしい生活が継続できるように支援します

高まる医療ソーシャルワーカーの需要

 近年、核家族化したうえ、超高齢化社会で療養や障害によって支援を必要とする人が増えていること、介護の担い手が少ないことなど、社会的な背景から医療ソーシャルワーカーの存在はより重要視されるようになってきました。

 そして医療の発展で、治療だけでなく、治療を受けながら社会で生活する治療中・後の生活に目が向けられるようになり、「患者さん本位の生活の質を重視しよう」という傾向が高まっていることも医療ソーシャルワーカーへのニーズが増えている原因になっています。

 患者さんや家族の安心のために、今後、医療ソーシャルワーカーの存在や仕事内容が多くの人に理解され、活用されると共に、医療機関では100床に1人(高度先進医療を提供する急性期病院は50床に1人)程度の配置がなされるようになることが期待されています。

 私が勤務する国立千葉大学医学部附属病院では「地域医療連携部」という部署があり、全850床に対して13名の医療ソーシャルワーカーで対応しています。

仕事の内容は…約8割が退院支援

 行っている生活支援のうち、約8割が退院支援です。退院後、公的制度を利用できるように調整したり、転院先を探し、決めたりしています。

 誰でも、どんな小さな悩みでも、療養中の生活のことでお困りのことがあれば、相談室窓口でお話をうかがいます。そして、相談内容についての秘密は守られます。

 また、患者さんのケアに当たるご家族の相談・支援も重要な仕事のひとつです。

 しかし、患者さんやご家族が問題に気づいていない場合や、どんな風に相談したらいいか分からない場合もあります。以下のような場合は、退院時に支援が必要になる可能性が高いので、こちらから働きかけて、お話しをうかがい対応しています。

医療ソーシャルワーカーの退院支援が必要になるケース

・ 重症の人
・ いくつもの病気を抱えている人
・ 退院後の在宅療養でさまざまな医療機器の使用が必要になる人
・ 単身で生活している人
・ 高齢者のみの世帯など、介護力の弱いご家庭
・ 経済的に困窮している人

 その際、入院前の生活状況、入院されたときの病状や経過、今後の予測、生活環境、ご家族の状況、その他の持病の有無などを聞かせてもらいます。

急性期病院での医療ソーシャルワーカーの仕事とは

 当院は重症患者に高度先進医療を提供する急性期病院であるため、なるべく多くの方が公平に先進医療を受けられるよう、急性期に必要な診断や治療が終了した方は退院し、自宅に戻るか、地域の継続的治療ができる病院や在宅復帰支援を行う施設、または長期療養型の病院や安定して生活ができる施設などにスムーズに転院していただく必要があります。

 そのため、先に述べた重症の方など、退院に向けての調整は、外来通院で入院が決まった段階から始めています。

 また、ご高齢の方は、入院が必要になった病気やけが以外にいくつかの病気を抱えていて、治療を継続している方が多いので、退院後の生活の場所の選定が難しいことが少なくありません。

 例えばリハビリが必要で、さらに人工透析ができ、高齢のご家族もお見舞いに行きやすい…といった複数の条件をクリアする場所を探さなければならないときも、入院が決まった段階から退院後の調整を始めています。

 心理的な支援も医療ソーシャルワーカーの重要な仕事のひとつですが、病気になったことを契機にご自身を深く掘り下げるような専門的支援は臨床心理士やカウンセラーなど適切な専門職に引き継ぎます。

医療ソーシャルワーカーに相談できること

 急性期病院では、医療ソーシャルワーカーの仕事は、ほとんどが「退院支援」です。しかし、患者さんによって、必要な支援は千差万別です。まずはじっくり、相談を受けた方のお話をうかがい、「その人らしい生活」を自立して継続するために”活用できる社会資源”を検討します。

 社会資源とは、「公的制度」や「社会インフラ」に加え、「お住まいの地域の互助のしくみ」や「マンパワー」「その人のもつインフォーマルなもの」などのことです。

 さらに医療ソーシャルワーカーは、その社会資源と患者さんやご家族がどう付き合っているかという関係性に注目していきます。

 患者さんと一緒に考え、さまざまなことを共有し、検討しますが、最終的に決めるのは患者さんご本人やご家族です。ですから、なるべく早い段階に安心して話せる関係を作ることが大切だと思っています。

 医療職の前だと、ついつい優等生患者、優等生家族になって、本心を伝えられないという方が多いですが、そんな必要はありません。ありのままでいいんです。それが大切です。そこからスタートです。小さな悩みも医療ソーシャルワーカーに話して、ぜひ支援を活用してください。

【実例】医療ソーシャルワーカーへの相談内容

 医療ソーシャルワーカーにはどのような相談ができるのだろうか? 葛田さんの話から、身近な事例をご紹介しよう。

【事例1】自分が入院したら介護をする人がいない

●咽頭がんが見つかったA子さん(58歳)の場合

相談内容:入院治療が必要な病状だったが、二人暮らしの母親の面倒を見る人がいないことが気がかり。母親は、介護の必要な状況だが、要介護認定を受けていない。

支援内容:A子さんに、介護保険について説明し、介護保険サービスを利用することになった。地域包括センターのケアマネジャーと連絡をとり、A子さんの治療を考慮しながら、母親の生活支援が整うように調整した。

【事例2】子どもを置いて入院できない

●子宮がんが見つかり、手術のため入院することになったB子さん(45歳)の場合

相談内容:B子さんは母子家庭で、頼れる親や親戚も身近になく、子どもを置いて入院することに不安を感じていた。

支援内容:医療ソーシャルワーカーは、子育て支援を行っている家庭児童相談、子ども家庭課などさまざまな関係機関を紹介し、緊急時一時保護や子どもショートステイ事業を行っていることを伝えた。B子さんは即日選択先を訪ね、入院前に子どもを預ける段取りができた。

【事例3】お金がなくて受診を我慢していた

●検査入院を拒否したC夫さん(63歳)の場合

相談内容:下血と意識混濁があり、救急で運ばれたC夫さんは意識が回復すると「治療をやめて帰りたい」といい、看護師が「検査入院が必要」と説明したが、納得しなかった。

支援内容:C夫さんに事情を聞くと、「以前から腹痛があったが、お金がかかると困るので我慢していた」という。帰りたいのは治療費を心配してのことだった。医療ソーシャルワーカーは、C夫さんが国民健康保険に加入していることを確認したので、医療費が高額になった場合には「高額療養費制度」が自動的に適用されること、さらに「限度額提要認定証」の取得、提示により、所得に応じた自己管理限度額払いになることを伝えた。医療費の支払いにめどがつきC夫さんは治療に前向きになった。

【事例4】親の治療について兄弟の意見が対立してしまった

●入院中の母親の治療について、家族の間で意見が対立したD助さん(50歳)の場合

相談内容:D助さんの母親は「胃ろう」をつくって退院することが勧められた。母親とD助さんは主治医の説明に納得したが、D助さんの弟が「胃ろうをつくると寝たきり、廃人のようになってしまう」と断固反対し、母親も動揺した。D助さんも心配になったが、主治医に確認するのは気がひけ、病棟担当の医療ソーシャルワーカーに相談した。

支援内容:医療ソーシャルワーカーは再度、家族そろって主治医の説明を聞く機会を調整した。主治医と管理栄養士、医療ソーシャルワーカーから、治療や口から食べる機能のリハビリ、介護保険制度などについて説明を受け、兄弟は主治医の治療方針に納得し、母親も安心できた。

【事例5】がんの通院治療中も働きたい

●通院で抗がん剤治療を受けることになったE郎さん(58歳)の場合

相談内容:E郎さんは通院で治療中も働きたいと希望。

支援内容:通院する病院は「がん診療連携拠点病院」のひとつで、患者支援センターの中に「がん相談支援センター」があったため、がん相談の研修を受けた医療ソーシャルワーカーが、最寄りのハローワークにいる専任の就職支援担当と連絡を取り、E郎さんの希望や治療状況を踏まえた職業相談に応じてもらうこととなった。

【事例6】介護できるかしら?

●大腸がんの手術をして退院のめどがついたG一郎さん(80歳)の妻、I子さん(74歳)の場合

相談内容:I子さんは人工肛門のパウチ交換など、自分に介護ができるか不安をもっていた。退院支援を担当する看護師にやり方を教わっても、自信がもてないようだった。

支援内容:医療ソーシャルワーカーは退院支援看護師と共にG一郎さん、I子さんと相談し、24時間対応の訪問看護の利用を提案した。訪問看護ステーションを選定し、退院前からの担当看護師とG一郎さん、I子さんが顔を合わせ、話し合いで不安を解消することができた。

教えてくれた人

葛田衣重さん01

葛田衣重(くずたよしえ)さん

医療ソーシャルワーカー。国立千葉大学医学部附属病院地域医療連携部勤務。公益社団法人日本医療社会福祉協会業務執行理事。独立行政法人自動車事故対策機構千葉療護センターを経て1999年10月より現職。

取材・文/下平貴子

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