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宗教改革500周年。ルターの宗教改革を支えたある発明

「『ルターとイグナチオ』同世代を生きた二人の改革者」講座コーディネーターの川村先生

 1517年の宗教改革から500周年となる今年。日本初のカトリック大学である上智大学では、「『ルターとイグナチオ』同世代を生きた二人の改革者」と題する記念講座を開催する。カトリックの側から宗教改革を考えるという興味深い講座だ。しかし宗教改革がどれほどの大事件であったか、日本人には今ひとつわかりにくい。そこでコーディネーターを務める上智大学文学部史学科教授の川村信三先生に、その意義について聞いた。

なぜ宗教改革は起こったのか

 2000年以上の歴史を持ち、世界最大のキリスト教信徒を持つカトリック。それに対して、プロテスタントは歴史が浅い。その始まりは、1513年のドイツ人神学者のマルティン・ルター(1483-1546年)による宗教回心である。

 16世紀初め、ローマ教皇の権力は欧州全土に広がっていたが、その権力が絶大なるがゆえに、教会側の汚職や腐敗など、さまざまな問題が噴出していた。当時の教皇レオ10世によって出された贖宥状をはじめ、教会の在り方に疑問を感じたルターは、「95ヶ条の論題」をヴィッテンベルクの教会に掲出した。1517年10月31日のことである。

 これを発端に、教会に対する不満や反発が欧州全土に広がったのが宗教改革だ。その結果、「元祖お家元」と言えるカトリックから離脱し、新たな宗派としてルター派が誕生した。そしてルター派からさらに分離し、またこれを契機にカトリックから分離していった教派の総体を、カトリックに対してプロテスタントと呼ぶ。

「当時の腐敗した教会の体制を見たルターは、教皇が堕落し、公会議(キリスト教の全世界の司祭が集まる最高会議)が機能しなくなった以上、もはや頼れるものは聖書のみであると考えました。そこで、教会に重きを置かず、神と自分の対話を重んじ、従来の教会の持つ体制や伝統などをすべて取っ払い、聖書の言葉に立ち返ろうと考えたのです」

もしも、ルターがイタリア人だったら?

 宗教改革によってカトリック教会の対抗勢力を生み出したルターだが、彼自身も元は敬虔なカトリック信者だ。それゆえ、ルター自身も当初は教会内部の改革を行うことで、カトリックを救えるのではないかと考えていたという。しかし、彼が教会を見限った大きな契機となったのが、レオ10世が発行した贖宥状だった。それは、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂の建設資金を集めるものだった。

「ルターの怒りに火をつけたのが、『サン・ピエトロ大聖堂建築資金』を募るとして、1515年に教皇のレオ10世が贖宥状を発行したことでした。ドイツ人のルターは、イタリア人の教皇の指示にそこまで従わなければならないのか、と大きな不満を抱きました。

 同じような不満を抱く人は多かったのでしょう。ローマ教皇からルターが異端者として処刑されそうになったときも、有力なドイツ諸侯の中からルターの支援者がたくさん現れて、彼を保護したため、彼は活動を続けることができました。もし、ルターがイタリア人なら、宗教改革は起こっていなかったかもしれません」

ルターと同じことを100年前に実行し処刑されたヤン・フス

 ちなみにルターよりも100年ほど前に、カトリック教会の在り方を非難し、火あぶりの刑に処された人物がいた。それが、プロテスタント運動の先駆けとして挙げられるボヘミアの宗教学者、ヤン・フス(1369-1415年)である。

「彼は贖有状を批判し、聖書だけを信仰するようにといった運動を始めた人で、まさにルターと同じようなことをやろうとしたのです。彼はカトリック教会から破門を言い渡され、火あぶりの刑に処されました。当時、ヨーロッパ各国はローマ教皇の支配についてそこまで不満を持っていなかったのでしょう。また、このフスとルターの約100年の間に、ある発明が生まれていたこともルターにとって幸いしました」

情報革命の恩恵を受けたルター

 それが活版印刷技術だ。活版印刷は15世紀半ばまでにドイツ人の印刷業者であるヨハネス・グーテンベルクによって改良を加えて完成され、1455年には初の印刷されたラテン語の新約・旧約聖書『グーテンベルク聖書』が生まれている。

「ルターの宗教改革を助けたのは、ヨーロッパ中に広がる教皇・教会への不満と、活版印刷でした。当時の聖書はラテン語で書かれており、知識人しか読むことができませんでした。しかし、ルターは聖書をわかりやすくドイツ語に訳し、印刷して普及させることができました。また、文字が読めない人に対しては、当時の教会の体制を批判した風刺画を印刷して配りました。その結果、多くの人にルターの目指す宗教改革の意図が伝わり、大きな運動となっていったのです。まさに情報革命でした」

宗教も寛容の時代に

 迫害や処刑、宗教対立や戦争。すべての宗教がそうであるように、キリスト教も類にもれず、その歴史を紐解けば大きな闇が潜んでいる。だが、これに対して、「カトリックの歴史は変化の連続である」と語る川村先生。

「長年、カトリックとプロテスタントは対立していましたが、この50年くらいでだいぶ様子が変わってきました。その契機となったのが1962年から1965年にかけて行われた第2バチカン公会議です。この会議のなかで、カトリック側が、十字軍遠征や迫害、処刑など自分たちが過去に起こした過ちを認めるという流れが生まれていきました。教会はあくまで人間の集団であって、躓(つまず)く人も転ぶ人もいる。でも、元を正せば、みな同じ天国を目指す巡礼者。ゴールは一緒で、そこに至るまでの道のりが違うだけ。そのような非常に寛容な姿勢を持つように変わってきたのです」

 また、キリスト教の教派を超えた結束を目指そうとする「エキュメニズム」という運動の影響も大きいと川村先生は指摘する。別名「世界教会主義」とも呼ばれるこの運動は、宗派や宗教の違いを超えて、あらゆる宗教間で対話を行い、お互いの信条に対して理解を深めていこうというものだ。

「この運動の発生により、キリスト教の宗派だけに限らず、イスラム教や仏教などほかの宗教との対話も行われるようになりました。お互いの持説だけを主張するのではなく、自分の信じるものを尊重し、相手を批判せず、理解を示すこと。ただ『仲良くしましょう』と言うだけではなく、お互いの対話を通じて、お互いの相違点についてもきちんと認識することができる。エキュメニズムは今後の宗教対話において、キーワードになっていくのではないでしょうか」

取材・文・写真/藤村はるな

初出:まなナビ

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