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認知症予防にカマンベールチーズが有効の可能性と科学雑誌で研究結果発表

 認知症の人の割合は、65歳以降の高齢者の15.0%。およそ7人に1人が認知症と言われている。この割合は今後さらに上がり、2025年には約5人に1人になるとも予想されている(内閣府「平成29年版高齢社会白書」より)。

 日常生活が送れなくなるだけでなく、思い出や家族とのコミュニケーションといった大切なものが次第に失われていく認知症。その予防に、日本の食卓でもおなじみになってきた「カマンベールチーズ」が有効かもしれないという研究結果が発表された(2019年11月6日)。この内容は、老年学・老年医学分野で評価の高い国際科学雑誌「JAMDA(Journal of the American Medical Directors Association)」に掲載された。

乳・乳製品を摂る人は認知症になりにくい

 1961年から50年以上にわたって続けられている有名な疫学研究に「久山町研究」がある。この研究では、町民の生活習慣や健康状態を観察し、さまざまな病気との関連を調べてきた。そのなかで、認知症になっていない人の食事パターンを分析したところ、牛乳・乳製品を多く摂る人ほど、認知症の発症リスクが低いことがわかった。

 東京都健康長寿医療センターの金憲経(キム・ホンギョン)氏は、乳製品の中で「チーズ」に着目し、認知機能との関連を調べることにした。

「チーズにはたんぱく質が約20%と豊富で、カルシウムも多く含まれています。例えば70歳以上の女性の場合、チーズを毎日2ピース(約33g)とると、1日に必要なカルシウムの約1/4が摂れますし、亜鉛やビタミンA、ビタミンB2、ビタミンB12は1日に必要な量の1割以上を補えます。つまりチーズは少量でたくさんの栄養を摂れるため、高齢者にとって非常に効率のよい栄養源なのです」(金氏、以下同)

チーズを食べる人の方が認知機能が高い

 金氏らの研究チームは、2017年に東京都内在住の65歳以上の高齢女性1035人を対象に、認知機能テストを行い、食習慣、チーズの摂取について1人1人に聞き取り調査をした。その結果、次のようなことがわかった。

●チーズを毎日食べる人は約26%いる一方、まったく食べない人が約2割(19.1%)。

●チーズを食べる人のほうが、食べない人より認知機能を評価するMMSE(mini-mental state examination; 以下MMSE)得点が有意に高い。

●チーズを毎日食べる人のほうが、チーズを2日に1回以下しか食べない人よりも認知機能を評価するMMSE得点が有意に高い。

 さらに、チーズの種類と認知機能との関連を調べると、カマンベールチーズを食べる人は、それ以外のチーズを食べる人よりもを評価するMMSE得点が有意に高いこともわかった。

「認知症予備軍と言われる『MCI(軽度認知障害)』とチーズ摂取の関連についても調べてみました。その結果、チーズを食べる人のほうがMCIになりにくく、その中でもカマンベールチーズを食べる人のMCIの頻度は7.6%で、ほかのチーズを食べる人(14.7%)に比べて約半分ということがわかりました」

カマンベールチーズを使った臨床試験へ

 この試験結果を受けて、金氏らの研究チームはさらに一歩踏み込んだ試験を行なった。

 まず、65歳以上の高齢女性689人に認知機能検査(MMSE)を行い、MCIの人277名を選び出した。そのうち、試験に参加すると答えた71人をランダムに2群に分け、一方にはカマンベールチーズ、もう一方にはプロセスチーズを3ヶ月間、毎日2ピース(33.4g)摂取してもらい、血液分析と認知機能の検査を行なった。

 この後、チーズ摂取の影響をなくすため3ヶ月の猶予期間をおき、今度は摂取するチーズの種類を入れ替えて、再び3ヶ月間毎日チーズを摂取。その後、認知機能の検査を行なった。

「試験の結果、カマンベールチーズを摂った後には、脳の栄養と呼ばれる『BDNF』の血中濃度が6.18%増えたことがわかりました。これまでの研究で、BDNFを増やすには運動が有効であるとわかっています。仮に運動でBDNFを同じくらい増やそうとすると、1回60分の運動を週2回、3ヶ月間続けなくてはなりません。今回はそういった特別なことをせずに、カマンベールチーズを食べるだけでBDNFを増やせることが、厳格な試験によって確認できました」

カマンベールチーズの成分が脳の免疫細胞とコラボ

 金氏らが試験に使用したカマンベールチーズとプロセスチーズは、エネルギーもたんぱく質、カルシウムなどの主な栄養もほぼ同じ。では、なぜカマンベールチーズによって脳の栄養「BDNF」が増えたのだろうか。

「カマンベールチーズには、白カビの作用によって生じる『オレアミド』という成分がプロセスチーズの約10倍も含まれています。オレアミドは脳で唯一の免疫細胞『ミクログリア』に働きかけ、脳のゴミと呼ばれる『アミロイドベータ』を除去するとともに、ミクログリアの抗炎症活性を促進するのです。

 また、カマンベールチーズの成分『デヒドロエルゴステロール』には、ミクログリアの過剰な炎症を抑える働きがあります。この2つの成分を摂れることがカマンベールチーズ摂取の意義であると私たちは考えています」

 過去の試験で、アルツハイマー病のマウスにカマンベールチーズを含む食事を3ヶ月間摂らせて、脳を調べたところ、通常の食事をしたマウスよりも脳内のBDNFが増え、アミロイドベータが減っていたという報告がある。

「これまでは動物実験のデータしかありませんでしたが、ヒト試験によってカマンベールチーズと認知機能との関わりの一部が明らかになったのは、大きな意味があると考えています。高齢者の中には、体力の低下や病気などによって運動したくてもできない人がいます。そうした人にとって、身近な食品で認知機能の低下を予防できる可能性があるというのは、よいニュースになるでしょう」

教えてくれた人

金 憲経(キム・ホンギョン)氏/地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と精神保健研究チーム研究部長 フレイルと筋骨格系の健康テーマリーダー。1994年筑波大学スポーツ科学研究科体育科学博士課程修了。東京都老人総合研究所、財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団などを経て、2009年より現職。「都市部在住高齢女性の膝痛、尿失禁、転倒に関する歩行要員」で2014年日本老年医学会最優秀論文賞受賞。共著書に「ビジュアル版介護予防マニュアル 尿失禁予防のアクティビティ」「同 転倒予防体操のアクティビティ」(ひかりのくに)など多数がある。

取材・文/市原淳子

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