公開日:2019.12.31   

AYA世代で白血病を経験した友寄蓮さんが伝えたいこと

「白血病は死に至る病気ではなくなってきました。治療の先に希望があるから」

 急性リンパ性白血病を克服したタレントの友寄蓮さん。15才~39才のAYA世代と呼ばれる年齢でがんと向き合ってきた彼女が、壮絶な治療を乗り越えたその先に伝えていきたいこととは。

→第1回「急性リンパ性白血病を克服した友寄蓮さんが明かす壮絶副作用と炎上体験」を読む
→第2回「白血病治療で髪が抜けた友寄蓮さんを絶望から救った言葉とは」を読む

AYA世代に多い急性リンパ性白血病

 急性リンパ性白血病は、小児がんの中で最も多いとされる血液のがんだ。一般的に小児がんは15才未満の子供のがんとされているが、友寄さんが発症したのは16才だった。ここ数年で15才から39才をAdolescent・Young Adult(思春期・若年成人)とし、AYA世代のがんが改めて認識されるようになった。

闘病中、ウィッグを手に持つ友寄蓮さん
入院半年を過ぎて、母にウィッグを買ってきてもらってつけ始めた

「あるメーカーが小児がんの子供にウィッグを無償提供していたのですが、年齢制限があって当時は15才まで。私は16才だったので対象外でした(※1)。私が緊急入院した2011年ごろは、大人と子供の治療の境目が15才。それを超えたら大人と同じ治療をするという線引きでした。私は小児治療をしましたが、子供でも大人でもないAYA世代は治療の選択や判断がとても難しいと思います」

※1:現在は18才以下に無償で医療用ウィッグを提供する団体もある。

AYA世代を悩ます抗がん剤による妊よう性

幼い体に抗がん剤を使用することで、大人になってからどんな影響が出てくるのかわからないことも多い。さらに最近は、治療による妊よう性についても議論されている(※2)。

※2:抗がん剤や放射線治療を行う患者に対して、予め妊娠・出産の希望を残せるような医療の提供が検討されるようになってきた。

「この抗がん剤によって将来妊娠できなくなるかもしれないから、卵子を保存しますかと聞かれても、16才の私には判断できなかったと思いますね。ほかにも、就職とか、AYA世代だからぶつかる壁もたくさんあります」

 友寄さんは1年4か月の治療期間を経て退院したが、同級生は大学に進学したり、就職したり、退院直後はまさに自分は浦島太郎状態だったと振り返る。

「主治医には、ここ(病院)ではみんな病人だから事情を汲んでくれるけど、外に出たら甘くはない。自分の体の状況は言葉にしないと伝わらない。だけど、病気になって経験したことは、すべてあなたの中で自信になるからとも言われました」

 主治医の言葉に、友寄さんはたびたび勇気づけられたという。

「いざ退院してみたらコーヒーカップ1個持てないほど体力が弱っていました。でも、『あんなに辛い経験をしたから、私はもっと頑張れるはず』と、どんどん自分に不幸のマウンティングをしてしまい、結局我慢を重ねて、潰れてしまったこともありました」

 闘病中の辛さに比べたらもっとできるはず…。そんな風に自分を追い込み、うつ状態になってしまうAYA世代も多いという。

「もし治療を続けながら働くなら無理は禁物。何ができて、何ができないか、明確にしておく必要がありますね。医師に体の状況を聞いて、『休んだほうがいい』と言われたら素直に従うこと。自分で判断しないことが大事だと思います」

誰かの血液が身体を満たす命のバトン

「病気だとわかるまでは毎日だるくて歩くのも辛くて…。ずっと重い貧血状態だったんです。病院に運ばれて緊急輸血を受けたら、じんわり体が温かくなって頬や唇に色が戻ってきました。献血してくれた人の顔は見えないけれど、どんな人がしてくれたんだろう、命のバトンだなって、ありがとうの気持ちでいっぱいでした」

輸血前と輸血後の友寄さん
輸血をすると頬や唇に赤みが戻り、体がラクになったという
献血を呼びかけるイベントに参加する友寄蓮さん
各地を飛び回り、献血を呼びかける友寄さん。「とくに冬場は献血者が減るのでぜひ足を運んでほしいです」

 白血病の治療の間も骨髄抑制が起こるため100回以上の輸血を受けたという友寄さんは、ずっと献血をしてくれた人に感謝を伝えたかったのだという。

 その思いが、『彩の国けんけつ大使』として献血を広めていく、いまの活動につながっている。

「献血って16才からできるんです(※3)。献血で救える命はたくさんあります。でも、採血後、血小板は4日間、赤血球は21日間しかもたなくて、輸血用の血液には有効期限があるんです。だからこそ、いまこの瞬間に血液を必要としている人のために献血をすれば、それがきっと明日の誰かの命につながるんです。献血セミナーをした後、高校生がSNSで『献血に行ってきました』って写真付きでメッセージをくれるんです。そのやさしさにいつも私が救われています」

 入院中ベッドの上で天井を見つめていたとき、降ってきた言葉はずっと心の中にある。

「明日死ぬと思って今日を過ごし、未来を生きると信じていま努力する」

 16才で感じた思いがいまも友寄さんを突き動かしている。

※3:全血献血(400、200mL)、成分献血がある。200mL献血は16才から可能。体重や献血回数など諸条件があり、医師が総合的に判断する。詳しくは、厚生労働省HP:https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/kijun/

→第1回「急性リンパ性白血病を克服した友寄蓮さんが明かす壮絶副作用と炎上体験」を読む
→第2回「白血病治療で髪が抜けた友寄蓮さんを絶望から救った言葉とは」を読む

友寄蓮(ともよせれん)

1995年3月29日生まれ。高校2年で急性リンパ性白血病に罹り、闘病生活を経て18才で芸能界デビュー。『Emotional Beat姫ラジ』(レインボータウンFM)でパーソナリティーを務めるほか、ラジオ・テレビで活動中。彩の国けんけつ大使を務める他、日本赤十字社「みんなの献血」プロジェクトでは、全国各地の高校を回り、献血の重要性を伝えている。

撮影/菅井淳子 取材・文/介護ポストセブン編集部

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