公開日:2020.01.01 / 更新日:2021.04.22    58

西城秀樹さんの闘病・介護…共に歩んだ妻・美紀さんが明かす家族のこと<第1回>

 一昨年5月、惜しまれながらこの世を去った西城秀樹さん(享年63)。同年秋には、妻の木本美紀さんが、これまで伏せられてきた秀樹さんの病状や闘病を支えてきた家族の思いを綴った著書『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年』(小学館)が10万部を超えるベストセラーとなり話題に。

 当初、秀樹さんのファンの人の思いを大切したいと考えていた美紀さんは、出版に際し迷いもあったという。

 しかし、本を読んだ人たちから今も届く“病気でつらいこともあるが、元気をもらえた”“本当の病状を知って改めて秀樹さんの精神力と努力に感動した”等の言葉に触れ、改めて、「私の話が、誰かのお役に立つことがあるのかもしれない」という思いを新たにしたと語る。
 
 このたび、美紀さんに、秀樹さんと共に歩いた日々、特に闘病や介護について詳しくお話を伺うことができた。

 最愛の夫との日々を思い出すことは、まだつらい作業であるはず。しかし、そんな中、美紀さんは、さまざまなエピソードを振り返りながら、一言一言丁寧にゆっくりと話してくれた。

 * * *

介護しているという意識はもっていなかった

 秀樹さんが脳梗塞を起こしたことが初めて報道されたのは2003年のこと。だが、実際は最初の発症が2001年の秋だったことは著書で明かされた。それから17年にわたる秀樹さんの闘病をずっと支えてきた美紀さん。

「介護といわれても、私自身、介護をしているという意識をもったことは一度もありませんでした。例えば、家族が風邪を引いたときに、どうしたら少しでも気分がよくなるだろうかとか、早く治るために何ができるだろうかと考えますよね?秀樹さんにも、いつもそういう気持ちで、その都度、私にできることを続けてきただけなんですよ」

 年子の3人の子どもたちと5人での暮らし。子どもたちが小さいころから、「パパが一番」というのが当たり前の家族だったという。

「パパには焼き魚の骨を取って、身をご飯に載せてあげる。昭和のスターって感じですよね?(笑い)。結婚当初からずっと、そういう風にしてきたので、子どもが生まれた後も、まずパパのお魚の骨を、となるのです。後回しになった子どもたちは、いつのまにか自分で骨を取るようになって。今では、お魚をとても上手に食べるんですよ」

蒼い空への書影
西城秀樹さんの闘病を明かした木本美紀さんの著書は反響をよんだ

 大阪出身の美紀さんは、芸能界とは無縁の生活を送ってきた。スーパーアイドルの元に嫁ぎ、最初は戸惑うことも多かったそうだ。

「私の話す関西弁がキツく聞こえてしまうこともあったらしく、『そういうときには、こんな風に言った方がいいよ』と秀樹さんにしかられたこともあります。言葉遣いだけでなく、おもてなしの基礎や人への気遣いなど、秀樹さんにはいろいろなことを教えてもらいました。芸能界で生きている秀樹さんは、周りの方々にこんなにも気を配っているのだと驚いたことを覚えています。そのお陰で少しずつ、秀樹さんが家で安らげる環境作りを考えるようになったのだと思いますね」

口数が少なくなっても、話しかけ続けた

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  1. 最高峰を極めた西城秀樹 より:

    徹子の部屋に出られた時に徹子さんがおっしゃっていましたよね。
    西城さんは最高峰を極めた数少ない方だと、その意味、それを伝えていくって事がこれなのかなぁ?そうではないと思います。

    332+

  2. 秀樹がすべて より:

    「介護ポストセブン」様へ

    第二弾とか、
    即刻中止してください。
    素人の介護もどき語りなど見たくありません。
    今後、西城秀樹の介護についての記事はやめていただきたいです。

    337+

  3. 愛のいたわり より:

    もう闘病 介護はいりません

    381+

  4. 2018 より:

    蒼い空へを読ませていただきました。
    3人のお子様のパパとなり、盛大にお見送りをしていただき、お空の上で感謝されていることと思います。ありがとうございました。

    ありのままにとあきらめないも読んでおりますが、本当に最後まで力一杯生きて、多くの方に歌を通して勇気、希望、夢を与えて旅立たれましたね。

    ソウル五輪や万里の長城での歌唱など、歌謡界での功績には驚きました。
    楽曲も素晴らしいものばかり…
    心震える歌唱、是非購入したいと思うのですが、現在は中古の高価格でしか入手できないものばかりで残念です。
    大変な状況とは思いますが、歌謡界の財産ですので、是非とも功績や楽曲が後世に渡って幅広く受け継がれるよう、よろしくお願いいたします。

    122+

  5. ねこたん より:

    横浜在住なので神奈川県民ホールでは毎年コンサートに行っていました。
    ご家族の姿を目にすることもあり、小さなお子さんたちを育てながら秀樹さんの病気と共に過ごされた長い年月は大変だったと思います。

    私自身も夫を55歳で亡くしており、家長が居ない心細さ、さみしさは時が経ってもいつも心にあります。

    精神的な面ではきっとお子さんたちが助けになってくれることでしょう。

    ご家族が心穏やかな時間を過ごせますように願ってます。

    次回の更新が待ち遠しいです。

    52+

  6. たたらふみ より:

    『蒼い空へ』拝読しました。奥様がご親族のことで、悲しみの中にあったとき、秀樹さんから受け取られた手紙…署名がひらがなで「ひでき」だなんて、肝心な時に、芸名なんてなんだかおかしいなあ…焦っておられたのかしら、それとも秀樹さんのぎりぎりのユーモア?と、少し微笑ましくお写真も拝見しました。秀樹さんは、そのことについて、後から何かおっしゃっていませんでしたか?次には、そういうお話も伺いたいです。

    56+

  7. あみ より:

    私は奥様が本を出して頂いた事で、秀樹さんが病気と一生懸命に戦った事知り、秀樹さんの死を受け入れる事が出来ました。
    また、秀樹さんの闘病が自分の闘病に凄く安心して向かえる事が出来て、これも奥様に感謝します。秀樹さんの闘病の事を知りたくない人からの非難もあると思いますが、秀樹さん自身がありのままを見せてくれた姿勢を奥様が伝えてほしいと私は願っていますので、この企画に感謝です❗
    直にも楽しみにしています。

    46+

  8. 今井育子 より:

    西城秀樹さんの奥さまのファンクラブを含む、マスコミへの、露出に、反対いたします。あなたが、介護したのは、プライベートな事です。プラスあの程度の事で、介護。大人しく家にいてください。お願いします。秀樹さんに失礼です。私は、もっと、きつい介護して、私も車椅子状態。もっと、旦那様を、守って下さい。

    388+

  9. いちひろ より:

    改めて奥さまのお話は貴重な体験をされ西城秀樹という 仮面の 木本龍雄さんを支えられてきたんだと感じました
    結婚後の時間をほとんど闘病されてきた秀樹さんは家族の存在が1番だと思いますが 歌を歌う事 ファンに喜んで貰うことこれは幼少期からの天性の成り立ちからくるものだと思います もちろん16才で家出同然で上京してからの苦労は当然で居候生活や下積み生活もあり表には出てこない逸話も一杯あります 1人芸能界でもまれて責任感も人一倍な性格からも 歌手 西城秀樹という仮面 が 生涯の生き方だったんだと思います

    21+

  10. ブルー より:

    奥さまがなさることは、秀樹さんが望んでいらしたことなのだろつ、と理解します。1番近くにいらして秀樹さんが望むこと喜ぶことを応援し続けてこられた方なのですから。
    秀樹さんも喜んでいらっしゃるに違いないです。
    他の誰にも語ることのできない、素晴らしい西城秀樹をあまつことなく語ってくださいね。

    38+