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日常にも役立つユマニチュード|大学でコミュニケーション教える教授が解説

 ユマニチュードとは、フランスで誕生したコミュニケーション・ケア技法。「見る・話す・触れる・立つ」を4つの柱とし、定められた5つのステップに沿ってケアを行うというものだ。

 2012年に国立病院機構東京医療センターの医師・本田美和子先生が日本に紹介。「クローズアップ現代」(NHK)をはじめ多くのメディアで、認知症が進んで生活に困難な状況がある高齢者への、家族や専門職によるケアの有効性が取り上げられて話題となった。

→ユマニチュードはなぜ、効果があるのか? ケアではない「人間関係」を築く技術

 北星学園大学でコミュニケーションについて研究する大島寿美子教授は、この技法について、

「ユマニチュードにははっきり決まった手順があります。そのため、誰でもツールとして身につけ、役立てられるという点がユニークなのです。それに、ユマニチュードは介護する人の技法と思われがちですが、日常的なコミュニケーションにも役立ちますし、周囲の人との人間関係がよくなることもあるんですよ」

 と、話す。

目の前の人と、当たり前のことをする

 ユマニチュードは、次の「5つのステップ」でケアを行う。

 この技法を使ったケアについて、ユマニチュード認定インストラクターの資格をもつ大島教授に質問してみた。

――ユマニチュードはコミュニケーション・ケア技法の一つということですが、コミュニケーションをとるのに、マニュアル的なやり方でよいのでしょうか?

大島教授(以下、敬称略):たしかに「マニュアル通りにコミュニケーションをとる」と聞くと、冷たくて機械的な感じがするかもしれません。でも、考えてみてください。この5つのステップは、友人の家を訪ねたときに私たちがすることとまったく同じですよね。まずノックをして、「久しぶりね」などと挨拶をして食事や歓談を楽しむ。それから「楽しかったわね」「また会いましょう」と名残を惜しむ。

 そんなごく当たり前のことなのに、ケアの場面、とくに相手が認知症やご高齢の方になると、私たちはこの手順をおろそかにしてしまいます。そうならないために、ユマニチュードでは5つのステップを定め、段階を踏んでコミュニケーションを取ろうとするのです。

――マニュアルのような形で、ケアをする人の思いはきちんと伝わりますか?

大島:それが不思議なのですが、「ケアの準備」の段階で、間近でアイコンタクトをすると「あなたに会えてうれしい」という本物の感情がこみ上げてくるんです。この瞬間が本当に感動的です。そして、想いを言葉にのせて伝えると、ケアされる人が目を合わせてくれたり、言葉を発したりします。こちらの想いを受け止めてくれるんです。

――「ケアをするときは、家族や大切な人に対しているのと同じように」といった心構えとはまた違うのですね。

大島:ケアされる人が家族であっても、ユマニチュードでは「家族だから大切」ではなく、「今、目の前にいるあなたが大切」と考え、そのメッセージを相手に届けようとします。もちろん家族を想う気持ちは大切ですが、そこからいったん離れ、相手を1人の人間として見つめることで、気持ちが楽になったり、柔軟なケアができたりすることもあるかもしれません。

「家族同士」「認知症の人と介護スタッフ」といったこれまでの関係性からいったん離れ、今、目の前にいる人間同士として関係を築くことから始める。これがユマニチュードの本質のようだ。

「できないから、ダメ」じゃない

 介護では、ケアされる人に対して、ケアする人が「してあげる」という関係になりがちだ。しかし、ユマニチュード考案者のイヴ・ジネスト氏はそういった関係に疑問を投げかける。

大島:ジネスト先生は、「人間は完璧じゃない。誰だってできないことはある」とおっしゃるんです。「自分は日本語が話せない。だから通訳の手を借りてコミュニケーションをとる。ケアだってそれと同じでしょう」と。トイレに行けないから誰かの手を借りる。自分で食事ができないから手伝ってもらう。そのために、ケアする人がいるんです。手を借りれば、その人がしたいことができるんです。できない人は、ダメな人ではないんです。

――「やってあげる」「やってもらう」という上下関係ではなく、あくまで対等なのですね。

大島:ユマニチュードでは、本人の“自律性”、つまり、その方がどうしたいのかを重視します。例えば、私がトイレに行きたければ立ってトイレを探せばいいのです。でも、高齢で体が弱ってくれば、自分で歩くのが難しいかもしれません。そんなときは歩行の介助をするなど、難しいところだけをサポートするのです。

 ただし、大切なのはすべてを代行しないこと。歩行の介助をすればトイレに行ける人を車椅子に乗せたり、おむつをつけたりは決してしません。過度なサポートはご本人の力を奪うことにつながりますから。

――では、自分でも歩けるけれど、全部を手伝ってほしいという方がいたらどうしますか?

大島:まず、「ご自分でトイレに行ってみませんか?」とお願いします。連れて行ってほしいと言われたら「それではお手伝いしますね」と、腕を貸す、両側から支えるなど、その方の能力に合わせたサポートをします。

―― 全面的にサポートした方が速いと思い、つい手を出してしまいがちですが、それではいけないんですね。

大島:医療の世界では、弱いところや問題のあるところに焦点を当てて、そこをいかに治すかを考えますが、ユマニチュードはその反対。その人の持っている力や健康な部分に焦点を当て、そこを伸ばすことを優先します。その人の力を最大限に使うことで、健康を回復できたり、機能を維持できると考えるからです。私にとってはその点も、ユマニチュードの魅力です。

 ユマニチュードでは「亡くなるその日まで立つこと」を目標の一つとしている。持てる力を奪わず、伸ばそうとするのも、この目標を達成するために欠かせないのだ。

日常で使えるユマニチュード

 誰でもいつか認知症や要介護状態になったら…と不安を感じている。しかし、「ユマニチュードを使ったケアを受ける」という選択肢があれば、歳をとるのをむやみに恐れなくてもよいのかもしれない。

大島:私の母は83歳で元気ですが、認知症のニュースなどを見ると「こうなってまで生きていたくない」「子供に迷惑はかけたくない」と言うんです。同じように考えていらっしゃる方はたくさんいると思います。私は介護の経験がないので、以前は何とも返事ができず、モヤモヤした気分でした。でも、一昨年(2018年)にユマニチュード認定インストラクターの資格を取ってからは、「もし今、母が認知症になったとしても、私がしてあげられることがある」と思えるようになりました。それはとてもうれしいし、母の姿をありのままに受け入れられるようになりました。

 昨年上梓した「『絆』を築くケア技法 ユマニチュード」(誠文堂新光社)を、私の大学の前学長にプレゼントしたのですが、前学長も「将来ケアが必要になったらユマニチュードでケアを受けたいと真剣に考えている」と言ってくれました。

――ユマニチュードは日常生活でも使えるのですか?

大島:医療や福祉などの仕事についていなくても、ユマニチュードを生かせるときがありますよ。先日、友人とそのお母様と3人でコンサートに行ったんです。お母様とは以前、お目にかかったことがあるのですが、現在は認知症になられて、サービス付き高齢者向け住宅で生活されているということでした。

 待ち合わせ場所でお母様にご挨拶するとき、久しぶりにユマニチュードを使ったんです。椅子に座っていらっしゃるお母様にゆっくり近づき、腰をかがめて、アイコンタクトをして、触れて、「こんにちは。お久しぶりですね。お会いできてうれしいです」って。すごく喜んで、ニコニコしてくださいました。お母様の足はだいぶ弱くなって杖を使っていらしたので、会場まで少し歩くときにユマニチュードの方法で歩行介助もしました。そうすると、ちょっとずつですが、歩こうとなさるんですよ。「こうしていると安心ね」とおっしゃって。練習すればもう少し歩けるし、歩き方も変わるのでは、と思いました。

――これからますます高齢の方が増えてきます。身近な高齢者とコミュニケーションが取れるのは、うれしいですね。

大島:ユマニチュードは高齢者だけに有効な技法ではありません。最近は、自閉症の傾向がある子どもの家族が、家庭でユマニチュードを使い、その効果を調べる研究が始まっています。研究はまだ始まったばかりですが、自閉症の子どもをもつ親の中には「子どもと冷静に話ができるようになった」などの効果を実感している人もいます。

――ユマニチュードの技法は病気や障がいで、うまくコミュニケーションが取れないときに役立ちますね。

大島:日常生活のなかでも、ユマニチュードを使うとうまくいくことは多いと思います。例えば、私は仕事仲間とのやり取りにもユマニチュードの考えを取り入れています。忙しいと、挨拶もそこそこに用件を切り出してしまうことがありますよね。そのせいで、あるグループ内の人間関係がギクシャクしたことがありました。そこで「メールではかならず、宛名と挨拶の一文を書いてから用件に入りましょう」と提案しました。ユマニチュードの5つのステップの「出会いの準備」「ケアの準備」に当たる部分です。このルールが定着してからグループ内の雰囲気は穏やかになり、仕事が円滑に進むようになりました。

 ユマニチュードは、ケアする人とケアされる人をつなぐ新しい言語のようなもの。これを使ってコミュニケーションをとれば、お互いも、その周りにいる人も幸せになっていく。日常生活の中でも活用できるこの“言語”、身につけて損はない。

→ユマニチュードはなぜ、効果があるのか? ケアではない「人間関係」を築く技術

大島寿美子(おおしま・すみこ)

 北星学園大学文学部心理・応用コミュニケーション学科教授。千葉大学大学院理学研究科生物学専攻修士課程修了(M.Sc.)、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了(Ph. D.)。共同通信記者、マサチューセッツ工科大学Knight Science Journalism Fellowship フェロー、ジャパンタイムズ記者を経て、2002年から大学教員。2018年ユマニチュード認定インストラクター資格を取得。NPO法人キャンサーサポート北海道理事長。最新著書は「『絆』を築くケア技法 ユマニチュード」(誠文堂新光社)。

※大島教授が理事を務める一般社団法人日本ユマニチュード学会では、より良いケアの最新情報に触れ相互交流を図る会員を募集中。専門職から家族介護に取り組む一般市民まで、幅広く参加できる。https://jhuma.org/ 

【お知らせ】
日本ユマニチュード学会代表理事の本田美和子先生がコーネル大学在日関係者主のオープンイベント「コーネル・ニューアカデミー」のチャリティー公開講座に登壇します。どなたでも参加できます。詳しくは日本ユマニチュード学会HP(jhuma.org/20200130-2/)をご参照ください。

撮影/政川慎治 取材・文/市原淳子

●「ユマニチュード」|在宅介護で生かすための技術を本田医師が解説

●「ユマニチュード」|イラストで解説する基本の柱「見る」「話す」技術

●「ユマニチュード」|介護が始まる前にできる準備

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