公開日:2020.04.01 / 更新日:2020.04.14   

TBSお天気お姉さん真壁京子の「気象と気性の介護日記」

 お天気キャスターの草分け的存在の真壁京子さん。日本航空で客室乗務員として勤務後、気象予報士の森田正光氏のもとで気象予報士の勉強を始め、96年、まだ資格未取得にも関わらず当時のTBSの代表的なニュース番組『筑紫哲也NEWS23』で気象キャスターとして華々しくデビュー。

 そして97年に合格率5%未満といわれる気象予報士試験に合格、『TBSニュースバード』や『ウィークエンドウェザー』などTBSの“お天気お姉さん”として長らく活躍をしてきた。

真壁京子さん
真壁京子さん(撮影/井上たろう)

認知症で要介護4の母の介護

 そんな真壁さんも現在は毎週月曜の夕方から夜にかけてのCS番組『TBSニュース』の気象コーナーを担当するのみ。それ以外の時間は認知症のひとつ“前頭側頭葉変性症”を患い、要介護4に認定された母(82歳)を介護するため、都内と神奈川県平塚市の実家を往復しながらの生活をしている。

「母が“前頭側頭葉変性症”だと診断されたのは2015年。当時は地元の平塚から都内の脳神経外科まで一人で通院していました。でも2018年に病院を変えてから、それまでの処方薬をやめて別の薬に切り替えた途端に症状が悪化。なにかスイッチが入ると機嫌が悪くなり、傘で父をバシバシ叩いたりベッドの柵を掴んでガシャガシャと揺らしたりと不穏になると機嫌がなかなか戻らない。母の顔じゃない鬼の形相で夜中まで寝ないで騒いだり出歩こうとしたり…。そういう病気だというのはわかっているのですが、とにかく不穏な時と普通の時の波が大きくて大変でした」(真壁さん、以下「」同)

車椅子に乗っている女性の後ろ姿
日によって機嫌に波があるという真壁さんの母

腑に落ちた看護師長の言葉とは

 その後、入院先の師長さんの言葉により救われたという。

「母は不穏な時の症状がひどく、不穏を抑える薬を探る入院を、父はもちろん兄や姉も含め全員で相談した上で決めました。でも、いざ入院生活が始まり、院内全体の雰囲気や他の患者さんの様子などを見ると、あまりにも悲しく…。私はやはり入れたくなかったとか、色々と葛藤しました。

 同時に、果たして入院中に試している薬は本当に効いているのか、少し良くなったとはいえ、やはり夕方頃になると落ち着きがなくなり、軽く不穏な感じになったりするのはなぜか…あまりに疑問が多かったので、看護師長さんに“本当に薬は効いているのですか?”と投げかけました。

 するとその看護師長さんが和かな顔で“お嬢さん、薬でなんでも解決できるものでもないのよ。お嬢さんがそういう不安な顔をしていると、お母様にも伝わって不穏になるし、お天気が悪い時はここの患者さん(みんな認知症)の調子も悪くなります。

 だから薬だけに頼らず、お嬢さんも波を作らないよう“ああ今日はいい日だね”とか“今日は調子悪い日だなあ”くらいに思った方がいいですよ」と言われ、納得したんです。たしかに私がイラだったりする時は母もイラだったり不穏になるし、天気が良くない日や便が溜まっている時はやはり調子が悪い。認知症で不穏になったりするのは仕方ないことだけど、いろんな理由が重なることによって、お母さんの調子も変化するんだなあ、薬だけで解決するものではないと腑に落ちました」

 それからは、なるべくイラだたず、穏やかに母と接するように心がけた。

「ひとことで“お天気が悪い”とか“荒れている”といってもいろんな種類があるので、どんな天気の時におかしくなるのか、母の介護日記に天気の特徴も書くようになりました。気象予報士としての好奇心がわいてきたのです」

 真壁さんにお天気と真壁さんの母の機嫌がどう関係したか、3月10日からの記録をつけてもらった。

“お天気と母の機嫌”日誌

3月10日(火曜)

 10日は西から低気圧が近づいてきて、夜には神奈川でも雨が降った日。母は10時半頃起床後もボーッとしている。朝食前後もぐったりと寝たりといまいちだったが、11時半に転んで怪我した顔の治療をしに病院へ行くと、やっと目が覚めてすっきりとして普通に戻る。

 でも、お昼ご飯を食べに入った蕎麦屋で途端に落ち着かなくなる母。まず車からなかなか降りず、その後入った店でも「いや、帰るわ!」と言ったり、父にお茶をかけようとしたりして暴れる。お蕎麦屋さんのママが来て落ち着かせてくれる。実はこのママ、ご主人が脳の血管の疾患で寝たきりで“前夜から調子が悪い”と言っていた。やはり天気が悪くなると調子が悪くなるんだなあ。

3月13日(金曜)

 低気圧が来る前に暖かい空気が入り、前線通過する夜からは今度は寒気が入ってきて、寒暖の変化が大きな一日に。やはり夕方はすごく不機嫌で夜遅くまで寝なかった。

3月14日(土曜)

 

 14日(土曜)には南海上を低気圧が通り、15日(日曜)から16日(月曜)にかけては上空に寒気をもった低気圧が関東付近を通過。通過後は次第に冬型へ。

 これは間違いなく母の様子も荒れるのではないかと予想をし、なんとなく覚悟もしておこうと心がけた。案の定、14日(土曜)夜から15日(日曜)にかけては、寝てもすぐ起きてしまったりと、夜はほとんど寝なかった。

3月15日(日曜)

 15日(日曜)午前中は睡眠不足なので20、30分ほどの仮眠を2セットほど。お昼ご飯に行ってもほとんどお喋りせず、口数も少ない。午後も散歩は家の周り1周半で終わり。とにかく疲れているようで自ら座ることが多かった。17時頃、少し熱っぽく微熱37度4分、新型コロナウイルスのこともあるし、お風呂はパスで本人も早く横になりたいというのですぐ寝かせる。

 3月16日(月曜)から

 前日からの流れで低気圧が抜けて上空に寒気が入ってきました。前日からの体調不良も引きずるだろうと予測。やはり朝から微熱があり、相当に怠い様子。父の言うことを全く聞かないし、そのことで父も不穏になり、母も不穏になるという最悪のシナリオになる。もともと母の患う前頭側頭葉変性症は人の言うことを聞けない傾向になる認知症なので仕方がないとはいえ……。周辺の人間がその空気に飲み込まれてしまうと、途端に状況は悪化する。

3月26日(木曜)

 高気圧に覆われ、ポカポカ陽気だったせいか珍しく1日中穏やかで安定していた。ただ最近、春で日が伸びてきたせいか“たそがれ症候群”の症状の出る時間が変わってきた(“たそがれ症候群”=認知の方達が夕方になると落ち着かなくなること)。

 母は夕方になると「さあ早く帰らないと!」「はい、行きましょ、行きましょ」と焦りだす。それと同時に外に何度も出たりしようとする。

 これが、冬の時は16時半から18時で、18時半頃からは夜ご飯にできたはずが、春になってからは17時半から18時半過ぎまでで、夜ご飯を落ち着いて食べるようになったのは19時頃でした。認知症の方々は、日が伸びたなどの察知するのだなあと、気づきでした。

3月27日(金曜)

 西から発達した低気圧がやってくる。風も強い。28日(土曜)にかけては寒気も入り冬に逆戻りのような天気。朝8時20分に起きて朝食。自分でパクパク完食。朝食後もボーッとしたまま、うつらうつら。午前中はこのまま静かかと思いきや。

 9時半頃から急に少々目つきが悪くなり、物いじりが始まる。落ち着かないなあと思っていたら、バナナ大の大便がドーンと出る。便が溜まっている時はだいたいが不穏に落ち着かなくなり、出ると落ち着く場合がほとんどですが、この時は例外で不穏は続きました。

 10時半頃、外に出たがる。「行かなきゃ」が始まり、家の周りを一周。低気圧のせいか全体的に疲れていて怠い感じでの不穏が続く。家の周りを一周散歩しただけでヨロヨロになり、戻って20分ほど休むを繰り返す。11時頃、休んだ後に復活し、今度は物いじり。お昼を食べに出てから一旦は落ち着いたものの、やはり焦燥感があるようで物いじりしたり台所いじりしたり、疲れて夕方からぐったりしたり。これも低気圧のせいなのか…。

3月29日(日曜)

 東京で桜が満開になった日。南岸低気圧と寒気で満開の桜に雪。東京でこの時期に1㎝以上の積雪は32年ぶりのこと。やはりこんな日の母の様子はインパクト大でした! 前日の東京の最高気温は25℃近くまで上がり、29日(日曜)朝は0℃。この20℃以上の寒暖差は健康体であれ堪える…。どうなることやら…と思いながら都内から平塚の実家に車で向かいました。

 母はというと、やはり昨夜から寝たり起きたりしていたようで、朝も起きてはいるがベッドからは出ず、ブツブツと独り言を言ってずっと不穏な様子。9時過ぎにようやくベッドから出るも、興奮気味で足ももたつく。10時頃、やっと覚醒するがずっと不穏のままで朝食も食べずに物いじりや荷造りをして外へも出る。

 昼頃、やっと落ち着き近所のお蕎麦屋さんへ。12時から15時はドライブも楽しんでおとなしかったものの、15時からは夕方までずーっと焦燥感ありながら物いじりの不穏が続く…。

天気予報と母の機嫌予想の関連性

「これまで出会った看護士さんやヘルパーさんから聞いたところ『一年の中で春が一番体調を悪くする時期だから』とか『低気圧や台風が来る時はみんな不穏になる』と、口を揃えて言います。

 今まで学んできた生気象学でも寒暖差はいろんな病気を引き起こす、といわれているので知ってはいましたが、本当にそうなのかなと、思い母の行動を天気に絡めてチェックするようにしました。

 するとやはり、低気圧が近づいてくる日、強い寒気が入ってくる日、寒暖差の大きい日は母の不穏の度合いがひどくなったり多くなったり、怠いと調子が悪くなったりすることが多いということがわかってきました。

 ただ、母のような認知症の人々が、すべて天気で調子が悪くなる、という単純なものではなく、その日の天気だったり周りの家族の接し方だったり、便が溜まっているかどかだったり…、色々なものが複合して起こるものなので、臨機応変に対応しないといけないなあと。

“あ、今日は低気圧が近づいているのにあまり影響がないな、ラッキー”とか“やはり寒気が入ってきているから落ち着かないな”とか、その環境によって体調は変わる。それに一喜一憂しないで、いい日もあれば悪い日もあると思うくらいが楽でいいのではないかと思うのです。

 と言いつつも、母の激しい不穏にイラっとすることもあります。でも認知症の人はとても敏感で、こっちがイラっとすれば相手もイラっとしたり不穏になるんです。逆にこちらが穏やかに接すると相手も穏やかに過ごしてくれる、つまりこっちの感情がダイレクトに母に響く。なので、なるべく私もイラっとしないで穏やかにいられるよう、己の人間力を問われているような気がしています(笑い)」

 ケアマネジャーと真壁さんと真壁さんの父が話し合ったプランによれば、真壁さんが平塚に寝泊まりしている毎週火曜朝から土曜朝にかけては週5日の朝晩に訪問介護の人が来て、着替えと排泄と入浴の介助をしてもらい、真壁さんが不在の土曜と月曜の週2日は泊まり込みのヘルパーに来てもらっているという。

「幸いにも私の夫の理解が大きく、週の大半を実家で過ごすことを許してくれているし、それが支えとなっています。“あなたが納得するまでやってみたらいいと思う”と応援してくれています。とりあえず自分の体力や精神力がギブアップするまではこの生活を続けていけそうかな、と思っています」

今こそ両親に恩返しするとき

 気象予報士として毎日のように活動していた真壁さんが、なぜ今のような介護中心の生活に切り替えたのか。それにはこんな想いがあったという。

「30歳で気象予報士になってから40歳になるまで朝昼と番組に出て一週間に丸一日休日がない日々を10年間ほど続けてきました。41歳で結婚してから“もうお天気お姉さんって年齢じゃないし世代交代かな?”と思い始めた。それと同時に仕事もセーブできる状況になり、ちょうどその頃、クラシックバレエに夢中になって。昼は稽古、夜は週3で『TBSニュースバード』のお天気を担当して大満足っていう、やりたい放題の日々を2年ほど続けていたんです。

 お恥ずかしながら50歳になるまで自分のやりたいことだけに邁進して、自分のためだけに時間を費やしてきました。子供を産まない選択も自らによるものです。でも、一生に一度くらいは誰かのために自分の時間を使ってみてもいいんじゃないか、今、両親への恩返しをしないでいつするんだろうと」

海辺を歩く高齢の男女
真壁さんは両親が2人で暮らす平塚の実家に週5日滞在し母の介護をしている

 真壁さんは晴れた日には「お母さん、気持ちがいいわね〜」と声をかけることもあるという。するとお母様も「そうね〜!」なんてニッコリと穏やかな笑顔で笑うのだとか。

「人間は本当に合わせ鏡のようだと思います。私が笑えば母も笑う(笑い)」

 不穏な時はまるで鬼みたいな顔になってしまう真壁さんの母だが「それもまあ“気象(気性)だもの”って今日をやり過ごしていますね」と笑う。

「ドイツでは生気象学というものが盛んで体と気象の関係から“今日はこんな天気なのでこんな病気に気をつけましょう”という予報が報じられています。分析をすれば気象と認知症の関連性もわかるかもしれない。とりあえず私の体力の続く限りは母の介護に専念し、その経験を何かに活かせたら。今は介護で精一杯ですけど、ちょっと落ち着いたら、それこそ私の老後の生き方をこれから考えていきたいと思います」

撮影・取材・文/河合桃子

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