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『JIN—仁—』で考える。医療ドラマに流血のリアリティは必要か

「日曜劇場」(TBS)の大ヒット作『天国と地獄〜サイコな2人〜』が先週(3/21)、最終回を迎えた。視聴率は20パーセント超え。前回に続いて、歴史とドラマに詳しいライター・近藤正高さんが、『天国と地獄』を手掛けた脚本家・森下佳子の人気作『JIN—仁—』を考察していく。

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『JIN』は手術のシーンがリアル

 2009年に放送された『JIN—仁—』(以下、『JIN』と略)の第1回を見ていて、筆者は何度も「痛そう……」と思った。

 脳外科医の南方仁(大沢たかお)が、現代から幕末の江戸にタイムスリップすると、いきなり武士同士の抗争を目の当たりにした。その際、血しぶきが仁にも降りかかり、着ていた白衣が真っ赤に染まる。ある時期からドラマでは、時代劇でも刑事物でも流血の惨事があまりリアルには描かれなくなっただけに、いきなりの血しぶきに見ているほうもちょっとびっくりさせられる。

 仁が事態を把握できず混乱していると、武士たちに見つかって刀で斬られそうになる。そこへ若い武士・橘恭太郎(小出恵介)が止めに入るのだが、おかげで彼は負傷してしまう。ちょうど近くを通りかかった幕府の役人たちとともに恭太郎を屋敷に担ぎ込むと、緊急手術を執り行なう。幸いにも、仁は麻酔を含め手術道具一式の入ったバッグを持っていた。しかし、頭のなかにたまった血を抜くため、屋敷で借りた金づちなどの大工道具を使って開頭するさまはいかにも痛々しい。

 恭太郎を救ったあと、仁はさらに困難な手術を経験する。それは、枝豆売りの少年・喜市(伊澤柾樹)が、走ってきた馬に蹴られそうになり、それを彼の母親のタエ(戸田菜穂)がかばおうとして頭に大けがを負ったときのこと。このとき現場近くにいた仁は、すぐにタエを長屋に担ぎ込むも、あいにく手術道具を持っていなかった。そのため、一緒にいた浪人——じつは若き日の龍馬(内野聖陽)にことづけて、このとき身を寄せるようになっていた橘家に取って来てもらう。

 龍馬から話を聞いた恭太郎の妹・咲(綾瀬はるか)は、自分も手伝うべく、手術道具を風呂敷に包んで長屋に持っていくも、うっかり麻酔を入れ忘れてしまった。これから取りに戻るには時間がない。しかし麻酔なしで手術をすれば、最悪、患者は痛みに耐えきれずに死んでしまう場合もある。仁は悩むが、タエは辛抱なら慣れていると麻酔がなくても構わないと言う。そこで意を決して麻酔なしで手術を始めた。手術中、タエが激痛のため、何度ももだえ苦しむ様子は、演技とはいえ、見ているこちらも思わず「アイタタタ……」となってしまう。結果的に、彼女は痛みに耐え抜き、手術は無事に成功した。

 第1回にかぎらず、『JIN』の手術のシーンはドラマ全編を通してリアルに再現されている。手術だけではない。江戸にコロリ(コレラ)が大流行したときには、罹患した人々が嘔吐や下痢をする様子が効果音も使ってこれまたリアルに描かれ、臭いまで画面を通じて伝わってくるようだった。

『ドクターX』との違い

 筆者の印象からすると、TBSの医療ドラマは、『JIN』以前からリアリズムを追求する傾向が強い。たとえば、『ブラックジャックによろしく』(2003年)では、妻夫木聡演じる主人公の研修医が新生児集中治療室に派遣され、超未熟児として生まれた双子を受け持ったが、まさかドラマのために本物の未熟児を連れてくるわけにはいかないので、人形で再現されていた。この人形が目をつぶったり動きもするよう、リアルにつくられていてインパクト大だった。

 ただ、他局も含めて医療ドラマは数多いが、全体的に見ると、ここまでリアルな手術や病気の描写がある作品は案外少ないのではないか。たとえば、米倉涼子がフリーランスの天才外科医を演じた人気ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』(テレビ朝日系)では、手術のシーンも切開した患部は白くボカされるなどしてはっきりとは映されない。

 だからといって、『JIN』とくらべて『ドクターX』は劣っていると言うつもりはない。単にそうした描写が必要か否かという違いにすぎないのだと思う。『ドクターX』では、あくまで主人公の未知子が大病院という組織に立ち向かっていくことが重要であり、手術はそのための方法にすぎないがゆえ、描写もあっさりとしている。これに対して『JIN』ではそうする必要があるからこそ、医療にかかわるものが細部にいたるまで再現されているのだろう。

 なぜ必要なのか? それはまず、現代と幕末の医療事情の落差を伝えるためだ。江戸時代にはすでに乳がんの麻酔手術の事例はあったとはいえ、それでもまだ一般的ではなかっただろう。そもそも医師にも手術の技術はほとんどなかった。それゆえに、現代なら確実に治療可能なけがも、この時代には手の施しようがなくて命を落とした人も多かったに違いない。

 逆にいえば、現代人がいかに医療の恩恵を受けているか、普段私たちがさほど意識しないでいる事実を改めて実感させるためにも、『JIN』では痛みが伝わってくるほどリアルな描写が必要とされたのだ。コレラ大流行の描写にしても同様である。臭いが伝わってくるほどでなければ、当時の人々がなぜそこまでコレラを恐れたのかわからないと、ドラマのつくり手は判断したのだろう。

歴史を変えず、目の前の人を救う

 仁は、咲や龍馬の協力を得ながらコレラ騒動を乗り越え、やがて自分の持つ医療知識の普及に努めるようになる。この間、蘭方医で「西洋医学所」頭取の緒形洪庵(武田鉄矢)と出会い、医療器具をつくってもらったり、仁が医学所で講義を行なったりと深く関係するようになった。

 医学所では、仁が吉原で知り合った花魁・野風(中谷美紀)に懇願され、彼女の姐さん女郎で末期の梅毒患者である夕霧(高岡早紀)を救うべく、ペニシリンの製造にも着手した。本来ならペニシリンがつくられるのはこのずっとあとのことだ。それだけに、仁は自分がやることで歴史を変えてしまわないか悩んだ末、目の前にいる人を救うことを選ぶ。

 しかし、すべてがうまくいくわけではない。ペニシリンは完成し、そのおかげで夕霧の症状はいくぶんかはよくなったものの、結局、彼女は死んでしまった。ペニシリンそのものも安定して供給されるまでにはいたらない。なお、このときには、以前、仁が助けたタエが辻斬りに遭ってあっさり命を落としていた。

 ようするに、いかに現代の医療知識や手術の技術を持っていようとも、それを受け入れるだけの状況が整っていなければ無駄になってしまうということだろう。そのことを仁は、蘭方医と漢方医の対立など医者同士の権力争いに巻き込まれることで痛感するようになる。

 ドラマの前半では、試行錯誤を繰り返しながらも江戸の人から崇められるまでになった仁だが、このあとどんな運命が待ち受けるのか。果たして歴史は変わってしまうのか。そして、彼は無事に現代に戻ることができるのだろうか……。次回も引き続き見ていきたい。

※次回は4月14日(水)公開予定

『JIN—仁—』は『Paravi』で視聴可能(有料)

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

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