公開日:2021.06.01   

高木ブー「ドリフやウクレレ…チャンスをつかめたのは妻や仲間が背中を押してくれたから」

 20代はバンドマンとして活躍した高木ブーさん。30代40代50代は、ザ・ドリフターズの一員として日本中を大爆笑させた。60代からはふたたび音楽活動に力を入れ、今もウクレレの魅力を広く伝えている。ブーさんの座右の銘は「人生は運と実力とチャンス」。大事な場面で背中を押してくれた「人とのつながり」について聞いた。(聞き手・石原壮一郎)

クイーンエリザベス2世号に乗船した際の高木ブーさん夫妻。「妻・喜代子さんと出会い、結婚したことはとても幸運だった」とブーさんは語る(写真提供/高木ブー)

僕の座右の銘は「人生は運と実力とチャンス」

 中学2年生のときにウクレレに出合ったのも、長さんにザ・ドリフターズに来ないかと声をかけてもらったのも、雷様という当たり役に巡り合えたのも、そして米寿の今もこうして元気に演奏ができているのも、僕の人生は幸運の連続だとつくづく思ってる。いちばんの幸運は、まわりの人に恵まれたってことかな。もちろん、家族も含めて。

高木ブーさんは、1964年9月にドリフに加入。写真は、テレビ番組の収録で1974年に「リオのカーニバル」に行ったときのもの。荒井注さん、志村けんさんの2人が同時に写っている珍しいシーンだ(写真提供/高木ブー)

 僕の座右の銘は「人生は運と実力とチャンス」。誰か昔の人が言った言葉じゃなくて、僕が勝手に思ってるだけだけどね。運がないとチャンスはやってこない。チャンスが目の前にあっても、実力がないと逃げられてしまう。せっかくのチャンスを生かすには、実力だけじゃなくて運も必要だったりする。3つそろってないとダメなんだよね。

妻を亡くして落ち込んでいたとき、学生時代のバンド仲間が助けてくれた

 妻の喜代子さんが1994(平成6)年に50代の若さで亡くなって、僕はかなり落ち込んでた。痩せはしなかったけど、食欲もなかった。当時は娘とふたり暮らしだったけど、かおるにもかなり心配かけたと思う。そんなときに、学生時代のバンド仲間が声をかけてくれたんだよね。「ブーちゃん、寂しくしてるんだったら、また一緒にハワイアンやろうよ」って。

 60歳を超えても、そうやって声をかけて集まってくれる。僕はなんていい友だちを持ったんだろう、なんて幸運なんだろうって心から思った。学生時代にやってたバンド「ハロナ・セレナーダス」のメンバーを中心に「高木ブーとニューハロナ」を結成して、小さな会場で少しずつ弾き始めたんだよね。みんなと弾いているあいだは、悲しい気持ちを忘れることができる。当時の僕は仲間と音楽に助けられました。

 最初は「えっ、高木ブーって楽器できるの!?」って驚いている人も多かったな。『ドリフ大爆笑』の雷様のコーナーでは楽器を弾いたりもしてたけど、『8時だョ!全員集合』の高木ブーのイメージが強い人にとっては意外だよね。

 あるとき、僕らのハワイアンのライブをたまたま聞きに来てくれてた人が、家に帰って旦那さんに「高木ブーがウクレレを弾いてた!」って話したらしい。その旦那さんは本や音楽に関係が深い仕事をしてて、仲のいいレコード会社のディレクターに「高木ブーのウクレレのCDを作りたい」と企画を立てて提案してくれた。

 いろんなタイミングが合って、トントン拍子で話が進んで、1996(平成8)年の秋に最初のアルバム『Hawaiian Christmas』が出たんだよね。最初は「えっ、なんでハワイアンでクリスマスなの?」と思ったんだけど、意外性がよかったのかな、わりと話題になった。ウクレレ奏者としての「高木ブー」の持ち味を生かして広く届けるために、みんなで工夫してくれたんだよね。

 その後、ソロでコンサートをやったり、NHK教育テレビ(当時)の『趣味悠々』でウクレレの講師をしたりすることになったのも、それがきっかけ。人の縁に恵まれて、いろんな人に背中を押してもらった。まさにたくさんの幸運と、自分で言うのもヘンだけどウクレレに関してはそれなりに努力も続けてたから、ミュージシャンとして再スタートを切るチャンスを生かすことができたんだと思ってます。

日本を代表するウクレレ奏者として第一線で活躍中だ。写真は昨年12月開催したクリスマスコンサート時。女優の後藤郁さん(右)と土井悠さんに囲まれて(写真提供/高木ブー)

 前にもこの連載で話したけど、57年前にザ・ドリフターズに移籍したときも、スパッと決断したわけじゃなかった。どうしようかなと悩んだ末に、妻の喜代子さんに相談したら、「行ったほうがいいんじゃない」と背中を押してくれたんだよね。あのときに「今のままでいいんじゃい」と言われていたら、ドリフの高木ブーは生まれていない。妻が喜代子さんだったという運が、大きなチャンスにつながったってことなのかな。

 僕はね、手相がいいんですよ。プロに言われたわけじゃなくて、勝手にそう思ってるだけなんだけど。運命線がまっすぐ伸びてて、すごく長いの。ただ、両手ともそうだったのに、いつの間にか片方は途中からなくなってた。気付いたときはガッカリしたな。だけどよく考えたら、そっちの手の運命線はこれまでに使った分かもしれない。もう片方あるから、これからも大丈夫ってことだよね。

 前回もチラッと話した、僕の絵についての“重大発表”は、もう少しだけ待ってください。じらすわけじゃないけど、あわてて発表して、あとで「やっぱり予定が変わりました」となったら申し訳ないからね。今回もたくさんの幸運と人の縁に助けられて、大きなチャンスをもらいました。今、とってもワクワクしてます!

ブーさんからのひと言

「僕は『運、実力、チャンス』に恵まれたから、これまでやってこれたと思ってます。人とのご縁のおかげですね」

高木ブー(たかぎ・ぶー)

1933年東京生まれ。中央大学経済学部卒。いくつかのバンドを経て、1964年にザ・ドリフターズに加入。超人気テレビ番組『8時だョ!全員集合』などで、国民的な人気者となる。1990年代後半以降はウクレレ奏者として活躍し、日本にウクレレブーム、ハワイアンブームをもたらした。CD『Hawaiian Christmas』『美女とYABOO!~ハワイアンサウンドによる昭和歌謡名曲集~』『Life is Boo-tiful ~高木ブーベストコレクション』など多数。著書に『第5の男 どこにでもいる僕』(朝日新聞社)など。YouTube「【Aloha】高木ブー家を覗いてみよう」(イザワオフィス公式チャンネル内)も大好評!

取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)

1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。最新刊「【超実用】好感度UPの言い方・伝え方」が好評発売中。この連載ではブーさんの言葉を通じて、高齢者が幸せに暮らすためのヒントを探求している。

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