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日曜劇場の伝説『女たちの忠臣蔵』舞台裏を大胆検証 演出家・鴨下信一の涙は天才の証

 TBS「日曜劇場」伝説の始まりを彩る人物として、制作陣からは、鴨下信一、橋田壽賀子、石井ふく子は欠かせないだろう。その3人が揃って手掛けたスペシャルドラマが『女たちの忠臣蔵』(1979年)制作の舞台裏に迫る。昭和史とドラマに詳しいライター・近藤正高さんが、企業スポンサーの変遷にも切り込みながら大胆検証します。

鴨下信一と橋田壽賀子を結ぶ石井ふく子

 今年に入り、数々の名作ドラマを世に送り出した演出家の鴨下信一と脚本家の橋田壽賀子があいついで亡くなった。

 鴨下の演出した作品というと、『岸辺のアルバム』や『ふぞろいの林檎たち』など山田太一脚本のドラマがとりあげられがちだが、橋田と組んだ作品も少なくない。そもそも出会ったのは橋田のほうがずっと早い。何しろ、橋田が映画会社の松竹を1959年にやめて、テレビに新天地を求めて脚本を書いては各局に持ち込んでいた時期からというから60年以上も前にさかのぼる。そのころ、鴨下もまだTBSに入社して2~3年目の駆け出しのアシスタントディレクター(AD)だった。局のディレクターたちは無名の脚本家の相手をするのを面倒くさがり、鴨下に押しつけることもよくあったようだ。

 鴨下は橋田が局に来るたび、原稿を読んではこの箇所は面白いと褒めつつ、この書き方だとテレビではちょっと難しいなどと指摘したり、得意げにテレビ界の事情めいたものを話したりしたという。彼は後年、「いま思えば赤面のいたり」と断りながらも、当時は自分も駆け出しで偉そうにしゃべれるのがうれしかったと著書で明かしている(『テレビで気になる女たち』講談社)。橋田のほうも、脚本を持ち込むと、局のディレクターたちからにべもなく追い返されたり、預けた脚本をメモ帳代わりにされることも珍しくないなかで、鴨下は落胆する自分を折に触れて優しく慰めてくれたと、自伝に書いている(『人生ムダなことはひとつもなかった 私の履歴書』大和書房)。

 鴨下と橋田には、「東芝日曜劇場」のプロデューサーだった石井ふく子からドラマづくりについて徹底して教えられたという共通点もある。それだけにお互いに“同門”“同期”のような意識があったのかもしれない。

日曜劇場のディレクターに起用された鴨下の涙

 橋田と石井の出会いについては前回とりあげたが、鴨下にも石井とはその下で働き始めた頃に印象深い出来事があった。それは日曜劇場で三浦哲郎原作の『忍ぶ川』をドラマ化したときのこと。同作でADを務めた鴨下は、番組を何本も抱えていたので生放送には立ち会わず、デスクで他の番組の伝票切りなどをしていた。しかし、誰もいない部屋でこっそりテレビで放送を見ているうち、涙が止まらなくなる。

 放送が終わって演出部に戻ってきた石井は、テレビの前で若いADがボロボロ泣いているので驚いたという。しかし、ドラマを見てこれほど泣ける人間には、演出家として「心」みたいなものがあるに違いないと感じるところがあったらしい。その後、鴨下は日曜劇場のディレクターに起用され、最初は軽いコメディから始めて、やがて文芸物や時代劇も任されるようになる。彼は先の著書で、演出が下手だった自分を石井は根気よく使ってくれたと、《演出家としてはぼくは石井さんに育てられたようなものである》と書いている。

日曜劇場1200回記念『女たちの忠臣蔵』

 石井・橋田・鴨下の3人は、日曜劇場が節目を迎えるたびにスペシャルドラマも手がけた。その最初の作品が、1979年12月9日、同枠の1200回を記念して3時間にわたり放送された大作『女たちの忠臣蔵 いのち燃ゆる時』である。

 TBSはすでに1977年、山本権兵衛と広瀬武夫の2人の軍人を中心に明治時代を描いた『海は甦える』で本邦初の3時間ドラマを放送し、視聴率的にも成功を収めていた。以来、伊藤博文を描いた『風が燃えた』、森鴎外を描いた『獅子のごとく』、高橋是清を描いた『熱い嵐』と、近代日本を築いた人物たちを主人公に次々と大型ドラマが制作され、高視聴率を取る。これらはいずれも日立がスポンサーで、同社の企業としてのイメージアップにも多大な貢献を果たした。同じく電機メーカーである東芝がこれを見逃す手はなかった。TBSは東芝側の意向を受け、1979年4月、日曜劇場の枠を拡大しての3時間ドラマの企画立案に動き出す。

 このとき、石井は企画をあれこれ考えた末、放送が12月ならば「忠臣蔵」だろうと思いつく。江戸開府から100年後の元禄15年12月、赤穂藩の元家老・大石内蔵助良雄を筆頭とする47人の赤穂浪士たちが主君の敵である吉良上野介義央の屋敷に討ち入った事件は、浄瑠璃の『碁盤太平記』、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』をはじめとして、江戸時代から戦後にいたるまで講談本や映画、またテレビでも繰り返しとりあげられてきた。従来の作品では主人公は当然ながら、内蔵助ら四十七士と呼ばれる男たちだった。石井はそれを四十七士にまつわる女たちの側から描こうと考えたのである。

 石井は演出を鴨下に依頼する。その際、彼女からアイデアを聞かされた鴨下は、澤地久枝のノンフィクションに『妻たちの二・二六事件』というのがあったのを思い出し、タイトルは『女たちの忠臣蔵』に決まった(大下英治『石井ふく子 おんなの学校(下)』文藝春秋)。

 脚本家は何人かに相談したが、赤穂浪士の女性たちに関しては資料がほとんどないこともあり、誰もなかなか興味を示してくれない。そのなかで、石井の話を聞くや「それ、乗った!」と即座に応じたのが橋田だった。

 橋田は本作に、大きな嘘=フィクションを仕掛けた。それは、内蔵助の妻・りくをはじめ、赤穂浪士たちの妻や母、娘あるいは恋人たちが、吉良邸討ち入りを前に江戸に集まるという設定だ。そんなことは、各街道に関所が設けられ、人々の往来が厳しく取り締まられていたこの時代には本来ありえないのだが、橋田はあえて史実に反することで、浪士と女たちをめぐる人間模様を見事に描き出してみせた。

日曜劇場のオールスターキャストによる忠臣蔵

 俳優陣も、当時のスターたちが一堂に会する豪華なものとなった。かつて日本映画の全盛期には映画会社が競い合うように自社専属のスター総出演で忠臣蔵を製作していた。それと同様、『女たちの忠臣蔵』はいわば日曜劇場のオールスターキャストによる忠臣蔵だった。いまの日曜劇場に置き換えるなら、さしずめ、木村拓哉・堺雅人・阿部寛・綾瀬はるか・香川照之・福山雅治・大沢たかお・内野聖陽・新垣結衣など、これまでの人気作品に出演した俳優を集めてスペシャルドラマをつくるようなものだ。そんなことは事務所の力関係などを考えると、ほぼ不可能に等しい。それが石井にできたのは、彼女がこの時点で20年近くにわたって日曜劇場のプロデュースを一括して担い、多くの俳優たちと信頼関係を築いてきたからだろう。参考までに、女優だけ配役をあげると……

 大石内蔵助の妻・りく:池内淳子
 小野寺十内の妻・丹:杉村春子
 女将・おけい:浜木綿子
 大家・おりん:山田五十鈴
 小女・お花:沢田雅美
 大石瀬左衛門の姉・つね:香川京子
 間新六の許嫁・みち:中田喜子
 みちの母・小夜:山岡久乃
 勝田新左衛門の妻・八重:上村香子
 堀部安兵衛の妻・お幸:和泉雅子
 研ぎ師の長吉の女房・おその:音無美紀子
 女侠客・姿のお勝:京塚昌子
 間十次郎の妻・りえ:波乃久里子
 間十次郎・新六の妹・ひさ(深雪太夫):大原麗子
 浅野内匠頭の妻・阿ぐり(瑶泉院):佐久間良子
 阿ぐりの養母・こと:奈良岡朋子
 岡野金右衛門の恋人・おしの:竹下景子
 奥田貞右衛門の妻・きく:松原智恵子
 きくの母・のぶ:乙羽信子
 毛利小平太の恋人・そめ:小川知子
 矢頭右衛門七の妹・さと:鶴田さやか
 水野監物の側室・お初:大空真弓

 これに加え、ナレーションには森光子が起用された。森は日曜劇場にもたびたび出演し、とくに『天国の父ちゃんこんにちは』(1968~78年)で演じた夫亡きあと女手一つで子供たちを育てる母親は当たり役となり、シリーズ化されている。彼女が銭湯の女将を演じた大ヒットドラマ『時間ですよ』も、もともとは日曜劇場で橋田の脚本により単発で放送されたものである。鴨下もまた森とは関係が深く、ディレクターになったばかりの頃には、森光子付きの演出家のごとくあいついで出演作を手がけた。

森光子の神ナレーション

『女たちの忠臣蔵』は、吉良邸討ち入りの10日ほど前の場面から始まるので、ドラマの冒頭では、赤穂藩主・浅野内匠頭長矩の江戸城・松之廊下での刃傷沙汰に始まるそれまでのあらましがナレーションですべて説明された。橋田の脚本は長ゼリフで知られたが、この語りも2分半近く続き、しかもそのあいだ画面には浪士連判状の署名が延々と流れるだけだった。ここで視聴者にチャンネルを変えられてしまえば元も子もないが、そこを森は淡々とした語り口で一気にドラマに引き込ませる。長いつきあいである鴨下も、《テレビのこの種のナレーションでおそらく第一の出来だろう》と後年書いているほどだ(『昭和芸能史 傑物列伝』文春新書)。しかも森は、自身は画面に映らないのでそんな必要がないにもかかわらず、収録までにナレーション原稿を覚え、台本をほとんど見ずにやってみせたという。

 森の語りのあと、いよいよドラマ本編が始まる。劇中では先にあげた女優たち、また男優たちの名演をたっぷり堪能することができる。それはさながら日本の芸能史を見るようだ。次回も俳優たちの名演・名場面を通して『女たちの忠臣蔵』を振り返ってみたい。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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