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向田邦子脚本『寺内貫太郎一家』が名作といわれる理由 異色キャスティングの妙

「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月鑑賞するのは『寺内貫太郎一家』。先日亡くなった作曲家・小林亜星の好演が光る傑作ドラマ、脚本は向田邦子、演出は久世光彦。沢田研二のポスターに向かって「ジュリー!」と腰をくねらせる樹木希林の姿で思い出すひとも多いでしょう。彼らの新作を観ることはもうかなわない。けれど、いまも配信される映像のなかに、まだまだ新しい発見が、解釈が隠されている。ドラマと昭和史を愛するライター・近藤正高さんが愛惜を込めて鑑賞します。

貫太郎のモデルは向田邦子の父

 作曲家の小林亜星の訃報が今月伝えられた(亡くなったのは5月30日)。小林といえば、数々のヒット曲を生む一方で、1974年に放送されたドラマ『寺内貫太郎一家』では石材店一家の主(あるじ)・寺内貫太郎を好演し、俳優としても記憶される。奇しくもこのドラマの脚本家である向田邦子が台湾での飛行機事故により急逝してから、この8月で40年を迎える矢先の訃報であった。

『寺内貫太郎一家』(以下、『貫太郎』と略)では、東京・谷中の石屋の主人・貫太郎とその家族――妻・里子(加藤治子)、母・きん(悠木千帆=のちの樹木希林)、長女・静江(梶芽衣子)、長男・周平(西城秀樹)――に、お手伝いのミヨコ(浅田美代子)、石屋の職人である岩さん(伴淳三郎)、タメさん(左とん平)、向かいの花屋の主人・花くま(由利徹)などが絡んで、毎回、さまざまな物語が展開される。

 向田の父がモデルという貫太郎は短気で、何かにつけて癇癪を起こしては誰彼かまわず投げ飛ばすのが番組の名物となっていた。小林亜星はそれまで演技経験が一切なく、セリフがたどたどしくもあったが、不器用な貫太郎にはむしろそれがふさわしく、まさに適役と思わせる。ちなみに放送開始当時、41歳だった小林に対し、貫太郎は50歳という設定だった。計算上は10歳も違わないとはいえ、貫太郎が戦時中に兵隊にとられた経験があると知ると、終戦時まだ少年だった小林本人よりも感覚的にかなり年上に思われる。

本物の老優が演じていたら、かえってきつかった?

 実年齢と劇中年齢との差でいえば、当時31歳だった樹木希林が、70歳のきんばあさんを演じたこともいまだに語り草だ。おばあさんなのに、ときどき機敏に動いてみせたり、部屋に飾ってある沢田研二のポスターに向かって「ジュリー!」と腰をくねらせたりと、ギャップがいちいちおかしい。きんは貫太郎に投げ飛ばされたり、家族やミヨコに悪態をついたりもするが、これを本物の老優が演じていたら、かえってきつく見えてしまい、ドラマとして成り立たなかったのではないか。

 異色のキャスティングは、静江役の梶芽衣子にも当てはまる。それまで映画で演じた不良少女や女囚役のイメージが強かった彼女を、幼い頃の事故のため片足が不自由になりながらも気丈に生きる一家の長女に起用したのは、貫太郎のキャスティングと同じくかなりの冒険だったと思われる。梶自身も、プロデューサーの久世光彦からの出演依頼を当初は断ったという。それが一転して引き受けたのは、静江の恋人役が藤竜也だと教えられたからだ。梶は藤に対し、ともにあまり役には恵まれなかった日活の専属俳優時代、映画『野良猫ロック』シリーズで共演して以来、一緒に闘ってきた戦友という意識があった(梶芽衣子『真実』文藝春秋)。

 いまでは朝ドラでヒロインの祖父を飄々と演じている藤だが、梶と同じくこの時代はアウトローのイメージが強かった。『貫太郎』では、藤演じる上条は静江と結婚を約束しながらも、離婚歴がある上、幼い連れ子がいるために、貫太郎に娘の結婚相手としてなかなか認めてもらえない。そもそも貫太郎のこのような態度をとるのは、静江の足が不自由になってしまったのは、自分の仕事が原因だとずっと負い目に感じていたからだ。その償いのためにもせめて、ちゃんとした男性のもとに嫁がせたいと思っていた貫太郎にとって、上条はふさわしくないと思われたのである。『貫太郎』は基本的に1話完結の形をとってはいるが、全編を通しては、静江と上条の関係を貫太郎がしだいに認めていく過程が描かれ、ついには2人の結婚式が行われるところで完結する。

沢田研二が本人役で特別出演した第29話

 久世光彦のプロデュース・演出によるドラマは、キャスティングも含め、本筋と関係のないところでの“遊び”が印象に残る。伴淳三郎・由利徹・左とん平の3人は、ほかの久世作品でも共演し、アドリブをふんだんに交えたやりとりで笑いを誘った。ベテラン喜劇人である伴淳と由利に、当時30代の左が時折素っ裸になったり文字通り体当たりでぶつかっていくさまは、のちのダチョウ倶楽部の上島竜兵あたりのルーツかと思わせる。あるいは、『貫太郎』の第11話を先駆けとして、その後『ムー』などでも試みられた生放送では、ディレクターが登場するなど、楽屋落ち的な要素も盛り込まれた。

 しかし、『貫太郎』ではそうした遊びの部分以上に向田邦子のストーリーテラーぶりが光る。そこではたとえば、ストリップと親知らず(第21話)や、怪談と東京大空襲(第30話)など、本来なら結びつきそうのないものが見事に一つのエピソードのなかに織り込まれていたりする。

 企画が先にありきと思われるエピソードでも、けっして企画の面白さだけで終わらせない。顕著な例は、沢田研二が本人役で特別出演した第29話だろう。きんが憧れのジュリーとさんざんすれ違った末に、ついに対面を果たすというだけでも、十分に1話として成立したはずだが、向田はそこに複雑な人間の感情を交えて悲喜こもごものエピソードに仕立て上げている。

 この回では、きんが前半でタメさんに仕掛けたあるいたずらが原因で、ジュリーと会ったことをみんなに信じてもらえず、しょんぼりする姿がおかしくもあり切なくもある。それでも最後はタメさんが気を利かせて、ハートウォーミングな結末となっていた。きんばあさんが中心となるエピソードではこのほか、終盤の第36話で彼女が自分の葬式の準備を始めて騒動を起こすのが、いまでいう「終活」を先取りしているようでもあり、また樹木希林本人の晩年を予見したようなところも感じられ、興味深い。

ホームドラマのタブーを破るかのような……

 現在44歳の筆者は、『貫太郎』はリアルタイムでは観ていない。たしか20年ほど前に、第24話と最終話(第39話)を1本にまとめたビデオをレンタルショップで借りて観たのが初見である。このうち最終話は、静江がめでたく結婚式を迎える回だから覚えていたが、それと一緒に収録された第24話の内容はすっかり忘れていた。奇しくも小林亜星が亡くなったあと、爆笑問題のラジオ番組で太田光が『貫太郎』のなかでもとくに印象に残る回として挙げていたのが、この回だった。

 ドラマ全体でいえば後半に差しかかり、この前後あたりが、向田としてもおそらく書いていてボルテージがもっとも上がっていた時期ではないか。実際、その前話の第23話では終わりがけ、ついに上条が貫太郎と対峙し、静江との関係が劇的な展開を迎えていた。同じ回では、寺内家に親戚の直子(安田道代=現・大楠道代)という女性が現れる。直子は自分の不倫が原因で、夫側が親族会議で離婚するかどうか協議していた。その結果が出るまで、寺内家に居候することになったのだ。

 第24話では、そんな直子に周平が恋をしてしまう。とりわけ衝撃的なのが、初夏の昼下がり、白い日傘を差しながら墓地を歩く直子を、周平がこっそりあとをつける場面だ。このとき、BGMに流れるピアノ曲……向田が脚本で指定したメンデルスゾーンの「無言歌」(「無言歌集 第2巻『ベニスの舟歌 第2』」)からして、まるで昼メロのようで、何かが起きそうな予感を抱かせる。そのとおり、この直後に彼女が墓地で思いがけない行為におよんで、周平を動揺させる。筆者も太田光の話で聴いていたとはいえ、実際にその場面を目にするとやはり衝撃を受けた。ホームドラマのタブーを破るかのようなその行為は、直子の無防備さを示しているようでもあり、彼女が周平をからかうためにやったのではないかとも想像させる。

 結論をいえば、その後、直子は電話で離婚を通告され、これを受けて周平は彼女と結婚すると家族に宣言するのだが、あっけなくフラれてしまう。同じ回では、寺内家で貫太郎の父親の代より働く岩さんが50年前、まだお手伝いだったころのきんに恋をしていたという昔話も織り込まれ、若い男が年上の女性に恋をするのはいつの世にもあることとして描かれており、その構成の見事さにも感心させられる。

小林亜星と向田邦子、出会いの謎

 ところで、第24話の冒頭では、周平の夢のなかで貫太郎が西郷隆盛に扮して登場する。そのバックには、きんの弾き語りによる薩摩琵琶の演目「城山」が流れ、このあと彼女が演奏会に出る前振りとなっていた(ちなみにこの回のオープニングで琵琶指導としてクレジットされている中谷襄水とは、薩摩琵琶奏者だった樹木希林の父親である)。じつは向田は、小林と初めて会ったときから彼が西郷隆盛に似ていると思っていたらしい。後年、小林との対談では次のような話をしている。

《あたしが「失礼ですけど、ちょっとおデコを見せていただけますか?」と言ったら「こうですか?」って、髪を上げてくださったの。すると西郷隆盛みたいなんですよ(笑)》(『お茶をどうぞ 向田邦子対談集』河出文庫)

 そもそもこの初対面の場が設けられたのは、久世光彦が貫太郎役を小林に決めたものの、向田が猛反対したため、一度本人と会って判断してもらうためだった。結果的にこのときの印象がよく、彼女もようやく小林の主演を認めることになる。

 ちなみに久世の回想では、小林は向田と会うに際し、それまでの長髪をばっさり切って坊主頭にしたというのだが、それならおでこを見せてほしいと言われても髪を上げる必要はなく、向田の発言と食い違う。果たしてどちらの記憶が正しいのか、当事者3人が全員この世を去ったいまとなっては知る由もない。それでも、初対面の相手におでこを見せてもらうというのは、いかにも向田のドラマに出てきそうではないか。そうした人間のさりげない言動を丁寧に描きながら物語を紡いでいく。それこそが向田作品の神髄だったのだから。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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