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『家政婦は見た!』原作を見事にドラマ化!石井ふく子「松本清張おんなシリーズ」の功績

 TBS「日曜劇場」の金字塔『女たちの忠臣蔵』(1979年)を生み出した名プロデューサー石井ふく子の功績を追うシリーズ完結編は、石井の異色のヒットシリーズ『松本清張おんなシリーズ』に焦点を当てます。そして、日曜劇場が単発ドラマ形式から手を引く経緯に、昭和史とドラマに詳しいライター・近藤正高さんが迫ります。

現存する映像の多い日曜劇場

 テレビプロデューサーの石井ふく子がTBSの「東芝日曜劇場」で手がけた放送は、単発ドラマ枠としては最後の放送となった1993年3月28日の『おんなの家(16)』まで、じつに1877回を数える。すでに1985年には1000回を超え、「テレビ番組最多プロデュース」としてギネスブックの世界記録にも認定されていた。

「ドラマのTBS」と昔から呼ばれてきただけあって、同局にはかなり古いドラマも完全な形で映像が残されている。おかげで私たちは、『私は貝になりたい』『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などドラマ史に残る作品をいまなお観ることができる。この点、同時代のNHKのドラマ――大河ドラマや連続テレビ小説といった局の看板枠のドラマでさえ大半が失われているのとは対照的だ。おそらくTBSには、番組を保存する必要性に早くから気づいた人がいたのだろう。

 単発ドラマ枠だった時代の日曜劇場の作品にも映像が現存するものは多く、現在でもCSのTBSチャンネルなどでときどき再放送されている。ただ、Paraviのようなウェブ上の配信サービスで提供されているのはいまのところ、『女たちの忠臣蔵』や『花のこころ』などごく限られた作品、それも特番として放送された長尺のものがほとんどだ。そのなかにあって、通常の1時間枠で放送された日曜劇場作品として配信されているのが、「松本清張おんなシリーズ」と題する7作である。

『家政婦は見た!』の原作『熱い空気』

「松本清張おんなシリーズ」は1978年4月から1年間、断続的に放送された。その名のとおり、いずれも女性が主人公で、1作目の『張込み』の吉永小百合を皮切りに、倍賞千恵子(『馬を売る女』)、大空真弓(『心の影』)、池内淳子(『足袋』)、十朱幸代(『記憶』)、森光子(『熱い空気』)、山本陽子(『指』)と大物女優たちが各話で主演を務めている。

 石井ふく子というとホームドラマのイメージが強いので、清張作品のようなサスペンス物が日曜劇場で放送されていたのはちょっと意外でもある。時期的には、NHKの「土曜ドラマ」枠で『天城越え』や『けものみち』などの名作ドラマを生んだ「松本清張シリーズ」が放送されていた頃と重なるので、意識するところも少なからずあったのではないか。

「松本清張おんなシリーズ」の脚本は全作を服部佳が手がけ、演出は『足袋』『記憶』『指』の3作を手がけた山本和夫以外は各作品ごとに違うディレクターが担当した。石井と関係の深い鴨下信一も6作目の『熱い空気』(1979年2月4日放送)を演出している。

『熱い空気』は、清張の連作小説「別冊黒い画集」の1編として発表された作品で、家政婦が大学教授宅に派遣され、夫婦それぞれの不貞などさまざまな事件に遭遇し、彼女自身も巻き込まれていくという筋立てである。……と書くと、気づかれる方もあるかもしれないが、この作品はその後、テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」で市原悦子の主演により人気シリーズとなった『家政婦は見た!』の原作でもある。もっとも、同シリーズで『熱い空気』が原作となったのは第1作の『松本清張の熱い空気 家政婦は見た! 夫婦の秘密「焦げた」』(1983年)のみ、以後の作品はすべてオリジナルである。その影響力は強く、近年にいたっても『家政婦のミタ』『家政夫のミタゾノ』といったオマージュ作品がつくられているほどだ。『熱い空気』自体も、清張没後20年の2012年にも米倉涼子主演で再ドラマ化されている。

ピンク・レディー「透明人間」の象徴性

 鴨下演出の『熱い空気』は、顔中に包帯を巻かれ、目だけ出した森光子(役名は河野信子)が幼い少年を車椅子で追いかけるというショッキングなシーンから始まる。なぜ、こんなことになったのか? オープニングタイトルのあと、時間をさかのぼり、信子が教授宅へ派遣されてからの出来事が追って描かれていく。そこで信子が目の当たりにするのは、教授夫妻(長門裕之・林美智子)が互いに不倫し、寝たきりの老母(浦辺粂子)や中学生と幼児の2人の息子はほったらかしにされ、ほぼ崩壊した家庭の惨状であった。とかく殺伐になりがちな物語にあって、森が演じる『時間ですよ』の女将さんを思わせるキップがよく、はつらつとしたキャラクターが救いだ。

 物語のキーとなるのは幼い息子で、火のついたマッチを信子に投げつけるなど、その行動は憎たらしいを超えて空恐ろしさを感じさせる。ついには彼のいたずらのため老母が大やけどを負ってしまう。原作では、信子がこの息子のさらなる標的とされたところで終わるのだが、ドラマではその先まで描かれている。信子が入院したあと、夫妻は離婚し、老母も亡くなり、教授一家は完全に崩壊した。そこへ幼い息子が一人で信子を訪ねてきて、改めて接することで、彼の問題行動はひとえに家庭に原因があったことが強調される。ラストシーンも、冒頭で予告されたのとは違う、何とも寂しさの漂うものとなっていた。

 鴨下がこの2年前に演出した山田太一作の『岸辺のアルバム』でも、やはり崩壊の道をたどっていく家庭が描かれたが、本作でもまた現代の家庭が抱える問題を浮き彫りにすることに主眼が置かれている。

 当時のヒット曲、ピンク・レディーの「透明人間」が、互いに無関心な家族を象徴するものとして効果的に使われているのも興味深い。

単発ドラマ枠としての終了

 日曜劇場版『熱い空気』を観て改めて思うのは、1時間……CMを抜いた正味の時間でいえば約45分という枠内で、1話で完結する形で文芸作品をドラマ化するのがいかに難しいかということだ。人間関係が複雑で、それぞれの思惑がうごめく描写を真髄とする清張作品となれば、なおさらである。2時間枠ならいざ知らず、この時間数で下手に映像化すれば、単なるダイジェスト版に終わってしまうに違いない。それを『熱い空気』では、原作のイメージを崩さない絶妙な塩梅で簡約した上、さらに独自の解釈を交えて、見事に一つの作品に仕立て上げている。

 この記事の冒頭でも触れたとおり、日曜劇場は1993年3月をもって単発ドラマ枠としては終了し、翌月からは連続ドラマ枠にリニューアルされて現在にいたっている。いまや2時間枠のサスペンスドラマも含め、毎週1話で完結するドラマ枠が地上波から消えて久しい。週ごとに違う作品が放送される形では、視聴率のばらつきも大きく、枠としてスポンサーに売りにくいなどの事情もあるのだろう。

 日曜劇場の連続ドラマ枠への移行は、当事者間ではその10年以上も前から何度となくとりあげられてきた問題だという。スポンサーや広告代理店サイドが、視聴率競争の激化や時代の変化などさまざまな事情のなかでそれを避けられないものとして考えていたのに対し、プロデューサーの石井は番組の伝統を守る立場から一貫して抵抗してきた(大下英治『石井ふく子 おんなの学校(下)』文藝春秋)。しかし、90年代に入るとバブルの崩壊などもあり、いよいよ日曜劇場は抜本的な改革を迫られ、ついにTBSはリニューアルを決断したのである。

石井ふく子のラストシーン

 単発枠として最後の作品となった『おんなの家』は、石井の盟友である橋田壽賀子の脚本による人気シリーズで、演出も大半の回を鴨下信一が担当してきた。そのラストシーンは、台本では、杉村春子・山岡久乃・奈良岡朋子演じる3姉妹が営む炉端焼き屋「花舎」の店先で、感慨深げに暖簾を下ろすという設定になっていた。しかし、石井はどうしても暖簾を下ろしたくなかった。鴨下はその意を受けて、暖簾は下ろさない代わりに、その前を石井本人が通ってほしいと提案する。いつもの石井なら、黒子であるプロデューサーが劇中に出演するなど、とんでもないと拒むところだ。だが、35年間自分が全力を尽くしてきた仕事の幕切れとあって、けじめをつけるためにも、鴨下の指示に従った。

 かくして石井はラストシーンで、あくまでも黒子という意識で黒いスーツを着て「花舎」の前を通った。そして暖簾を見上げている3姉妹に、にっこりと微笑みながら「暖かくなりましたね。春ですね」とセリフを言って、自ら育てあげた日曜劇場に別れを告げたのであった。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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