国際情報

インドネシアから来日した看護師たち すでに6割以上が帰国

 千葉県香取市にある特別養護老人ホーム「杜の家」。ここは、2008年8月に外国人介護士の第1陣としてインドネシアから来日したスウォト君(29歳)の就労先だ。

 この日の勤務が終わりに近づいた午後4時半、スウォト君が2階フロアの一角の机でノートを開いた。

〈リビング内でウロウロされていることがある。トイレの声かけすると「はい」と言われる。トイレへゆうどう。便多量……〉

 慣れた手つきで、入居者の様子を日誌に記入していく。日本語でボールペンを走らせる速さも日本人と遜色ない。

 筆者がスウォト君と初めて会ったのは、来日を2か月後に控えた2008年6月のこと。ジャカルタで取材した彼は、日本語が全くできなかった。それを思えば、4年間で驚くべき進歩である。

 もともと看護師をしていたスウォト君は、日本のアニメ「NARUTO」の大ファンだった。憧れの国で働けるチャンスがあると知り、日本行きを希望した。その理由を当時、彼はこう語っていた。

「第1は、お金のため。日本では最低でも月1000万ルピア(約9万円)を稼ぎたい」

 その夢は簡単に叶った。日本で働き始めると、月16万円以上の収入が得られたのだ。インドネシアにいた頃の月収1万円とは大違いである。

 今年1月の国家試験は不合格だった。それでも規定の点数を獲ったことで、来年に再チャレンジする権利を得た。しかし、スウォト君は仕事を辞め、6月に帰国していく。

「仕事に疲れました……」

 インドネシアにはフィアンセがいるが、仕事の当てはない。日本に残れば、最低でも1年は仕事を続けられる。しかも国家試験に合格すれば彼女を呼び寄せ、日本で永住することも可能なのだ。

「いや、もう日本はいいです。お金がすべてじゃないでしょ?」

 スウォト君にとって、もはや日本は「憧れの国」ではなくなっていた。「仕事面では十分に戦力になっていたのに、残念です」

「杜の家」の上野興治施設長は肩を落とす。施設側はスウォト君を最大限支援してきた。国家試験の勉強のため、月2回は東京の専門学校へと泊まりがけで派遣した。交通費や宿泊費を含めると、費用は年100万円に上った。そうした投資も無駄になってしまう。

 インドネシアからの第1陣としてスウォト君ら介護士と一緒に来日し、1年早く就労期限を迎えた104人の看護師は、すでに6割以上が帰国してしまった。

 日本に残って国家試験に再チャレンジする者は少数に過ぎない。今年8月までに決断を迫られる介護士の場合も、看護師と同じパターンとなる可能性が高い。

●取材・文/出井康博(ジャーナリスト)

※SAPIO2012年6月6日号

関連記事

トピックス

万博で身につけた”天然うるし珠イヤリング“(2025年8月23日、撮影/JMPA)
《“佳子さま売れ”のなぜ?》2990円ニット、5500円イヤリング…プチプラで華やかに見せるファッションリーダーぶり
NEWSポストセブン
次の首相の後任はどうなるのか(時事通信フォト)
《自民党総裁有力候補に党内から不安》高市早苗氏は「右過ぎて参政党と連立なんてことも言い出しかねない」、小泉進次郎氏は「中身の薄さはいかんともしがたい」の評
NEWSポストセブン
阪神の中野拓夢(時事通信フォト)
《阪神優勝の立役者》選手会長・中野拓夢を献身的に支える“3歳年上のインスタグラマー妻”が貫く「徹底した配慮」
NEWSポストセブン
9年の濃厚な女優人生を駆け抜けた夏目雅子さん(撮影/田川清美)
《没後40年・夏目雅子さんを偲ぶ》永遠の「原石」として記憶に刻まれた女優 『瀬戸内少年野球団』での天真爛漫さは「技巧では決して表現できない境地」
週刊ポスト
朝比ライオさん
《マルチ2世家族の壮絶な実態》「母は姉の制服を切り刻み…」「包丁を手に『アンタを殺して私も死ぬ』と」京大合格も就職も母の“アップへの成果報告”に利用された
NEWSポストセブン
チームには多くの不安材料が
《大谷翔平のポストシーズンに不安材料》ドジャースで深刻な「セットアッパー&クローザー不足」、大谷をクローザーで起用するプランもあるか
週刊ポスト
ブリトニー・スピアーズ(時事通信フォト)
《ブリトニー・スピアーズの現在》“スケ感がスゴい”レオタード姿を公開…腰をくねらせ胸元をさすって踊る様子に「誰か助けてあげられないか?」とファンが心配 
NEWSポストセブン
政権の命運を握る存在に(時事通信フォト)
《岸田文雄・前首相の奸計》「加藤の乱」から学んだ倒閣運動 石破降ろしの汚れ役は旧安倍派や麻生派にやらせ、自らはキャスティングボートを握った
週刊ポスト
2013年に結婚した北島康介と音楽ユニット「girl next door」の千紗
《不倫報道で沈黙続ける北島康介》元ボーカル妻が過ごす「いつも通りの日常」SNSで垣間見えた“現在の夫婦関係”
NEWSポストセブン
秋篠宮家の長男・悠仁さまの成年式が行われた(2025年9月6日、写真/宮内庁提供)
《凜々しきお姿》成年式に臨まれた悠仁さま 筑波大では「やどかり祭」でご友人とベビーカステラを販売、自転車で構内を移動する充実したキャンパスライフ
NEWSポストセブン
《悠仁さま成年式》雅子さまが魅せたオールホワイトコーデ、 夜はゴールドのセットアップ 愛子さまは可愛らしいペールピンクをチョイス
《悠仁さま成年式》雅子さまが魅せたオールホワイトコーデ、 夜はゴールドのセットアップ 愛子さまは可愛らしいペールピンクをチョイス
NEWSポストセブン
【動画】伊東市田久保市長 支援者が明かす“市長の思惑”
【動画】伊東市田久保市長 支援者が明かす“市長の思惑”
NEWSポストセブン